蜜柑狩 '13ナミ誕
    ワンピース 二次創作 ゾロナミ傾向オールキャラ ナミ誕 蜜柑狩 小説のみの貯蔵庫

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    空と海の狭間で-16

    2007ナミ誕 空と海の狭間で ] 2007/08/04(土)
    (三日目夜)



    雨がたっぷり降ったから緑の甘い臭いがいつもよりももっと凄い。その緑がどんどん濃くなって宵闇の紫に変わりゆく。その紫も濃くなって少しずつ闇が広がり島は闇に包まれる。空は抜けるように星が瞬いている。昨日から遊んだ森の中からは闇の中、ほうほうと鳥や虫の息吹を伝えてくる。
    手を取り合ったり車椅子を押したり、この三日間で馴染んだお陰で班で固まって飛び出てくる者も、ゆっくりと来る者も気分はそぞろ浮かれてる。
    今日の昼過ぎまでの雨の分、キャンプファイヤーをじりじり待つ気持ちが全体で大きく渦を巻いている。
    仲良しになった誰かと思い思いの場所に陣取ってざわざわとした期待の渦の中、一番年のいった先生がマイクを握った。

    「皆さん!これが最後の行事になります。
    明日、皆さんはおうちに帰ります。
    来たときにはそれは不安だらけだったみんなの顔が、今ぴっかぴかになったことを先生はとっても嬉しく思います。
    あなたたちは未来の住人だ。限界など知らない。やりたいことは何でもできる。
    ここはその第一歩です。おうちに帰ってからもここで貴方たちが出来たことを思い出して、そしてもっと元気になってください。」

    深く、軽く。重く、静かに。じんとした感動が皆に伝わる。
    皆、この三日間の短い間だったけどそれぞれに何かを感じて身のうちに蓄えているのだ。




    点火の準備が進んでいく中、一人の影がすっと立ち上がった。
    「ゾロ?」
    「悪ぃ、小便」
    「すぐ始まるぞーー裏の林ですりゃいーじゃん」
    「ルフィさん!そんなこと言っちゃダメですよ。ちゃんと手も洗ってきて下さいね」
    「いーじゃねぇか!ぼうけんに言ったら手洗いなんて無いぞ!」
    「しーーだまっとけルフィ!」

    真剣さを含むビビの声もルフィの笑い声も混ざって合わさって一緒に歓声に変わる。最初喧嘩してたくせにいつ仲良くなった物やら?ゾロも自分の背後で聞く声の楽しさに心が騒いだ。仲間に戻りたいと心が急かす。
    手っ取り早く・・・・と思いつつもビビがうるさいので言うことは聞いておこう。小便に手洗い。

    最初、島に来た頃はビビのほうがおとなしかった。いっそ鬱いでいる風もあったと思う。その辺りナミやサンジが面倒を見ていたのだろう。だが今は二人は離れたところで座り、ビビはうって変わって騒いでる。少々喧しいくらいで、キャンプファイヤーで興奮しているルフィとシンクロしている。
    ナミは一番向こうで黙ってるのがある意味不自然だ。隣のサンジの懸命な声掛けにうつろに答えている。らしくないとは思うがそれほどナミを知っているわけでも無いのだからそう言うこともあるんだろう。
    それより早く帰らないと点火が始まる。



    宿舎の裏手に外用のトイレはある。手洗いして水を切って履いてるジーンズで手をはたく。
    向こうの音が大きくなった。慌てて向こうを見ると振り回された木切れからどうっと火の粉が飛んだ。もっと沢山の歓声が聞こえてもっと沢山の火の粉のあがったのが見える。ちぇ、始まったか。


    パチパチと、最初は小さな小枝や燃料が燃え上がる。それらが空中に火の粉を舞いあがらせる。
    『綺麗だな』
    ゾロは思った。

    まるで燃える蛍だ。
    不思議が大好きなチョッパーにも見せてやったら喜ぶだろう。
    そう思いながらのばあちゃんの言葉が少し胸をよぎる。

    (興味があってもなくっても少し見てくると良い)

    今回のメンバーにぜんそくは数人いたがどいつも薬のコントロールがうまくいっていた。昔は病院に半分以上入院していた奴もいたという。うまくやればチョッパーもこういうところに連れてこられるかもしれない。確かに今のチョッパーは煙にも弱いから花火も無理だしここに居るだけでも発作になるだろう。発作が出たらすぐに吸入とか点滴とかが要るくらいまで悪くなる。だからまだ無理だ。
    けど、ここまでになれる。いつのひか。必ず。させてやる。

    チョッパーは何もかもを我慢している。その弟に何とかしてやりたいととても思った。
    心臓と喘息と。この二本柱は辛いらしい。
    あの強い祖母の見せない嘆きも本人の我慢から来る強さも知ってる。
    体が弱いからと言って自分のようにたまたま剣道が強い奴らよりももっともっと強い力をチョッパーは持ってる。


    チョッパーのために。
    そして誰かのために。
    それは自分のために。
    自分のやりたいことがキャンプファイヤーの炎で揺らいだ大気の中におぼろげな姿になってゆく。




    思って眺めているうちに大きな影がぶつかってきて走り去ろうとした。

    「お・・?!」
    「ごめん・・あ」
















    自分には力がないと、ずっと思っていた。
    それを察していたのだろう姉はくり返してくり返してでも立った一人で言い続けていた。


    「母さんはあんたを大好きだったんだよ。ああしなかったらその方が怒ってるよ」


    静かに優しい瞳で語られるその言葉。
    大好きな姉の言葉を疑うことなど一度もなかった。
    それなのにこの言葉だけは 信じられたことはなかった。





    辛いことがおこると無意識に肩の傷をかきむしってしまう。ナミの火傷は幸い左肩の大きな傷を残して他はわかりにくくなった。
    見られたくない気持ちと見たくない気持ち。そこはいつも、いつも包帯で巻いて服で隠してある。
    スタイルには自信があって、足や体幹に傷が残って無いから短いスカートやパンツで足を出し、いっそヘソまで出すことの多いナミが肩を出す服を着ることはなかった。



    あの時。遠い昔。
    忘れられない記憶。

    ごうごうと耳の中で風と火がうねっていた。

    いつも母は仕事だったから、買い物でもなんでも一緒にいるのがそれだけで楽しかった。
    その日、買い物途中のビル火災で、逃げ遅れた自分を見つけたときの母の泣きそうな顔は忘れない。
    母と一緒に脱出しようにも火の手は周囲からあがりもうもうと襲い来る煙で全く見えなかった。
    僅かな隙間の空気を吸いながら隣の部屋に逃げ込んで、同じ状態の部屋で、天井からぱちぱちと火の粉と一緒に大きな固まりが落ちてきた。
    窓際の机の下に逃げ込んで母はいつもの笑顔でこう言った。

    「ナミ?大好きな蜜柑みたいに丸くなってごらん。手も足も蜜柑にはないよ?ほら。やってごらん。」

    母の笑顔はいつもの笑顔だった。大好きな、母さんの笑顔。
    ごうっと熱い物が来て母の呻き声とその机も吹き飛ばされた事もまだ覚えている。
    母は覚悟を決めたのだろう。丸くなった私を抱えて走り始めた。
    焼け落ちてくる炎に包まれた天井。母は全身で自分に覆い被さって何度か身体を震わせる。

    「おかあさん、こわい」
    「こわくないよ」
    「おかあさんいたい?」
    「いたくないよ」

    母の声が優しくて恐くて・・記憶はここまでだ。
    背中側の半分と両足を炎に焼かれながら母が自分を抱えて焼け落ちる寸前の窓から飛び出したことは後から聞いた。
    落下の傷と火傷がナミを庇った以外の母の全ての肌を深くまで焼き尽くした。

    そして、母は私のために命を落とした。











    身体の皮膚と芯を揺さぶる焼け焦げる臭い。ぱちぱちとはぜる音。揺らめく火の動き。

    どれもがあれから5年を超えた今でもナミの動きを封じ込める。身動きできなくなる。


    例えばろうそく程度なら我慢できる。それくらいにはなってる。
    それでも小さなたいまつも、ガスコンロも得意ではない。
    ゆれる火の粉も炎も辛い。

    だが。

    キャンプファイヤーがあると判っては居たけど席も遠いし人も沢山いるから何とかなりそうに思ってた。逆を言えば遠くに大きい炎があることを判ってて一人でいる方が恐いからここまで来た。
    ビビとケンカした後だけにキャンプファイヤーに参加しないで一緒に付いていて欲しいとも言えなかった。それにあいつらの騒ぎがもっと楽しいだろうと想像したが、もう小さな火をくべられたときから湧き上がる唾が押さえられない。身体は硬くなる。
    押さえなきゃ。みんなといるんだし。倒れちゃダメ。
    ナミはごくんと唾を飲み込んだ。余計に吐き気が強くなった。

    わーわーと遠くで声がする。
    遠くの声が反響する。
    ナミの中でわんわんと響いたただの音は遠くなり・・ナミの意識も遠ざかる。
    火のことは考えない方が楽だから意識なんて手放すのは簡単だ。こう思っちゃいけないのに。

    だめだ。

    やっぱりこんな大きな火は恐くて仕方ない。動けなくなるその前に。
    「あたし・・忘れ物・・取ってくる」
    「ナミさん?」
    「ナ・・ナミ?」

    横で気を遣ってくれてたサンジ君が付いてこようと腰を浮かしたので手で止めた。こんな姿は見られたくない。
    皆に微笑みかけて軽く手を振ってナミは逃げ出した。
    多分これでばれないとは思ってる。なんて小心なアタシ。

    その横から呼吸が荒くなる。口の中が気持ち悪い。
    遠くまで逃げなきゃ。それもうんと遠くまで。

    ナミは必死に逃げ出した。













    ぶつかってきたのはオレンジの髪だった。

    「お・・?!」
    「ごめん・・あ」
    「すまね・・・なんだ?ナミ?」

    ナミだ。
    だけど昨日よりもずっと顔色が悪い。
    まるで発作の時のチョッパーみたいだ。もちろんチョッパーは苦しそうで真っ黒に近くなるし、それに比べるとはぁはぁ言ってるがずっと白い。変なのは間違いない。

    そう言う奴を一人にしてはいけない。ナミが倒れそうにも思えて思わず手を引っ張った。

    「!・・はなして・・。」
    「ダメだ、今度こそ先生呼ぶぞ。お前も喘息か?呼吸(いき)が止まったらやばいだろ。」
    「やめてよ・・違うから・・」
    捕まれた腕を振り払おうとしたナミの呼吸が更に荒くなった。
    はぁはぁと制御がきかない。
    短く激しく。呼吸が止まらなくなる。
    そして足にも手にも力が入らなくなった。

    身体が落ちる。

    「おい!ナミ!」
    ゾロが手を出したが間に合わず身体は下に崩れた。ゾロが握っていた手だけ離さずいてくれたおかげで頭は打ち付けず大丈夫だった。
    彼女の頭ごと木の下の草地まで崩れるのを何とか横にすると
    「おい」
    声を掛ける。答えは返ってこない。だが何かを呟いてる。

    「・・お母さ・・・・・・・・・・・・・」
    ナミらしからぬ変な声だった。ナミも判ってる。意識はなくした訳じゃない。力が入らないだけ。なのに止まらない。
    「・・や・・いや・・・・・火・・やだ・・・怖い・・」

    ゾロは慌てた。かっとしてくる。これは・・ほとんどうわごとに近い。
    呼吸が荒い。もの凄く激しい。見るからにおかしい。


    火?

    思い当たるのは・・キャンプファイヤー?
    前のは竈の火?
    こいつ?!火がダメなのか?



    今も顔色は真っ白。独りで走ってきたところを見るとまた辛くなったのに誰にも黙って無理したんだろう。
    こいつはいつもそうだ。

    「なんでだ?こんなでキャンプファイヤーになんて出るな!!前ん時も火か?ダメなら最初ッからやめとけ!」

    具合の悪い奴に怒るなっていわれてる。やっちゃいけないことは判ってる。
    けど言わずにいられなかった。

    「自分で自分を悪くすることねぇだろ?何も答えられないくらい悪いじゃねぇか!」

    前回よりも具合の悪そうなナミを見ると落ち着かなくなる。
    けどゾロは何も出来ない。これじゃ前みたいに側にいてやればいいわけじゃない。
    何もしてやれない。出来ないのに怒ってしまう。

    自分は最低だ。







    ナミの意識はしっかりしていた。体に力は入らない。手も足も言うことを聞かない。口は勝手に何か言ってる。それでも意識はある。
    だからゾロのやることを見ていた。

    ゾロが怒ってる
    だって。
    一緒にいたかった。
    みんなと居たかった。
    こんなに楽しそうなのに一人で部屋にいるなんていやだった。
    泣くつもりなんて無いのにどんどん涙が溢れてる。
    「ちっっ」

    ところがゾロはそのまま立ち上がって駆け出した。
    驚いたし、ちょっと待ってと言おうにもおかしい。口が動かない。


    一人で放置されてしまうと寂しくなるし恐くなる。どきどきが強くなってもっと恐くなる。呼吸もハアハアともっと苦しくなった。
    こんなになるならキャンプファイヤーなんて無視すれば良かった。もうちょっとあいつらを眺めてみたかったなんて思わなきゃ良かった。こんなにあたし寂しいし辛いのに一人でほっていくなんて、ゾロの馬鹿!冷血!この間みたいにちょっといてくれたらあたし治るのに!

    今度は力も入ん無いしそれに病人をこんな所に捨ててく事無いじゃない!

    「おーーーーい」

    数人の足音が響いた。

    先生達が来て一気に診察されて小さな袋をくれた。それを口に当ててゆっくり息を止めるように言われた。驚いたけど言うとおりにしたらどきどきも苦しいのも少しずつ収まってきた。

    「ロロノア君?ナミちゃんは大丈夫だから。ありがとう、もう良いよ。あっちに参加していらっしゃい」
    先生の独りがゾロの肩を優しく押して言ってる。
    ずっと端っこで見ていたのは知ってる。なんどか大丈夫だからキャンプファイヤーに戻るよう促されたがずっと居た。居てくれてた。
    怒ってる?さっき怒ってた。きっと怒ってるよね。なのに居てくれたのは優しい奴だからだろう。

    軽やかな足音が遠ざかる。ゾロは出て行った。私の中にあったかいものが消えたような喪失感だけが残った。


    先生の声は優しく聞こえてる。
    「急いで呼吸しなかったら大丈夫よ?キャンプファイヤーに戻る?戻れるくらいには直になれるわ。大丈夫だから」
    ナミは首を横に振った。体は少しふらつくけどもう大丈夫。
    「保健室で休みます」
    「それが良いわね」








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    空と海の狭間で-17

    2007ナミ誕 空と海の狭間で ] 2007/08/04(土)
    「雨が来る」

    「え?どうしたの?大丈夫?」
    保健室で論文片手のヒナ先生もキャンプファイヤーに参加したかったろうに。だから申し訳なさで身が竦む。
    「はい。ご心配おかけしました。もう大丈夫」
    「ホントに?無理しちゃ駄目よ。もし今でも元気なら多分大丈夫だけど・・」
    「本当に大丈夫。先生も用があったら行ってきて下さいね」
    「私は別に構わないわ、イベントにはあまり興味も・・・・あら?本当に雨?」

    窓ガラスにぽつんぽつんと降り始めた雨は粒の大きさを増して一気に戸を叩く。キャンプファイヤーの方からキャァキャァ言う声が聞こえる。夕立みたいな物だからじきにあがるだろう。

    「明日には帰るのね。最終日が雨だったうえにキャンプファイヤーは残念だったけど、他は楽しかった?」
    「・・ええ」
    期待などしていなかったのに面白い馬鹿にばかり出会った。ここに来なければ知らなかった連中ばかりだ。楽しい想い出が出来た。
    ただ二つばかり残念だ。

    ゾロは案外良い奴だったのに最後に怒らせてしまった。
    最初の印象が最悪だったのにさっき怒られて気がついた。自分は良い奴だと思ってた。怒られたくなんかなかった。
    遠ざかる足音がなんだかいつまでも聞いていたかったのに。

    そして・・ビビと喧嘩した。

    ビビが諦めさえすればもっと楽しいキャンプだったろうと思ってしまう。嫌なことをビビのせいにしてしまいそう。
    そこがなにより辛い。
    せっかく大好きなビビと来ていたのに。
    自分は姉と仲が良いだけに頭の良い彼女がどうして理不尽な所にうじうじしているのかは判るような気はしていたが、やはり良く判らなかった。だから言わずには居られなくて・・。
    挙げ句の果てに大喧嘩であのあとは口もきいてない。



    外ではみんな必死に走って帰ってくる。濡れた頭にタオルを持ってお風呂に向かう人も部屋に帰る人もいる。
    もう、部屋でのんびりする時間だ。けどビビと喧嘩してしまったから部屋には帰りづらい。












    外ではまだ盛り上がっている最中だった
    「雨だ!」

    一番盛り上がった炎の中でいきなり大粒の雨が落ちてきた。
    南国の雨は暖かく大きいスコールだ。大きな炎も一気に叩きつぶされてしまう。

    「大丈夫よーーこれは夕立だから!」
    先生の声は慌てた子供達の声にかき消される。
    火の勢いが燃え上がる横から消されていく。あっという間に小さくなった炎をみて
    「仕方ないですね。お開きにしましょう」
    諦めた先生達の相談がまとまる前に子供も大人も蜘蛛の子を散らしたように部屋に向かって駆け出していた。


    「おい」

    A斑の野郎が4人。雨を避けて葉陰に隠れている。
    「ルフィ?」
    「チャンスじゃん?」
    「船の問題は?」
    「さっきもフランキーが準備万端って自慢してたから大丈夫。な、ウソップ!」
    ウソップは自分の小さなバッグから金属製のプレートのようなものを取り出した。
    「か・・か、鍵だ・・ほ・・本物だ。」
    「サンジは弁当の準備できるか?」
    「それは任せとけ」
    「お前ら・・本当に行く気か?」
    ゾロが一番遠くから言う。
    「今夜じゃないとダメだ。だって明日には帰るだろ?」
    タイミングは今夜しかない。

    「夕立って先生が言ってたからもう止むだろうしな。けどそのラフテルに行けば願いが叶うって本当か?」
    サンジが聞けばゾロが混ぜ返す。
    「どうせガセだろ?」
    「なんでも良いよ。俺は、行くんだ」

    ルフィがきっぱりと口にした。ルフィがそう言ったら決して奴は自分の矛先を変えない。

    「行かせても怒られるし、行っても怒られる。なら良いだろ。つきあうぜ、船長」

    ゾロの言葉に、にやっと4人は笑った。
    「じゃ、見回りが終わったら順番にトイレとかででて・・ここに集合な」








    夕立の雨はいつも暖かくて重い。今日の雨はなおさら。南国だと粒まで大きいみたい。
    ナミさんと喧嘩してしまった。あれから一言も口をきかないどころか目もあわせにくい。一緒の斑だけに顔を合わせないわけでもないから余計に辛くて痛い。
    でも、あの人には・・ロビン先生には会いたくない。

    キャンプファイヤーでルフィ達と居るのは気が紛れて楽だったけど、今はそれともはぐれた。

    先生達は車いすの子とか火の加減とか気になる事が一杯らしい。ビビみたいな健常人は構って貰えない。
    そして雨はもっと強くなってる。
    慌てて帰る一団に遅れたら置いてきぼりの迷子みたいに惨めな気持ちになった。

    雨は痛いくらい大粒で体に当たると痛いような気持ちがしてくる。これなら昼からだって止まないでくれたら良かったのに。そうしたらナミさんとのケンカも洗い流してくれたかもしれないのに。

    気分は踏んだり蹴ったりなキャンプファイヤーだ。今からなら葉陰に隠れて夕立をやり過ごしてから帰った方が良いかもしれない。そう思っていたら目の前を走っていく連中が居る。

    「ルフィさん?」
    「よぉーー!ビビ!!」
    ルフィだけが止まりビビを覗き込んだ。

    「さっきいったろ!お前も冒険に行かねぇか?」
    「冒険?」
    そう言えばキャンプファイヤーの時にいってた?
    ルフィは本当にお子様だ。最初からこれで、最後もこれ?

    だけれど今はそんなきぶんじゃない。付き合ってあげる余裕なんてない。
    ナミさんとはまだ仲直りできてない。もしかしたらこれからずっと仲直りできないかもしれない。
    自分は・・言っちゃいけないことを言った。
    辛くて、寂しくて、持て余して止まらなかった。
    本当はあんな事言うつもり無かったのに。
    ナミさんにあんな事言われたくなかったのに。

    「その変な顔も行けば治るぞ」

    いつの間にか真っ正面にルフィの真っ黒の瞳。
    鼻息がかかるくらいの側でニヤニヤ笑ってる。
    奥底まで覗かれそうなそのまっすぐさに自分の中まで透かし見られそうで思わず頸を横に振り視線を避けた。

    「私の顔なんだから放っておいてっていってるじゃない!」
    「そんな面じゃつまんねぇぞ。だって・・・今からやるのは最後の、本当の、冒険だぜ?」
    本当の冒険?
    これだから子供は・・
    そう嘯こうとしたがルフィは回り込んでまだ顔を覗き込みに来る。
    「ナミはどこだ?あいつにも言おうと思ってたんだけどよ」
    きょろきょろ見渡してからルフィさんは私の手を握るとそのまま離さず連れていく。
    「離して」
    「駄目だ」
    「どうし・・」
    「お前逃げそうだもん」
    「逃げる?」
    なんで私が逃げるの?それをどうしてルフィさんが押さえてるの?
    「おめぇ、何から逃げたいんだ?」
    何から?

    えっと・・・。
    真っ黒の瞳。
    無限に広がるみたいな深い色。
    ここになら全部口も情けなさもこぼしてしまえるような気がした。

    「私、ナミさんとケンカしちゃったし」
    「なんでだ?」
    「なんでってそりゃ・・・言いたくないわ」
    いくらなんでもこれは言えない。
    絶対に言えない。
    大体ルフィさんに関係ないじゃない。

    「おめぇ、やっぱ馬鹿か?」
    「なっ!」

    違う!なんて言葉なの!?・・・私は
    ・・・・なんて言ったらいいのか?

    ええっと、いったいなんて言えば良いんだろう?

    「ケンカはナミのせいか?」
    ルフィの言葉は真っ直ぐ突き進む。

    え?

    あ・・そうじゃない。ナミさんのせいじゃない。
    だってナミさんが言うのは・・まちがってない。
    私がまちがってるわけじゃないけど・・でもナミさんは、ナミさんのせいだって言うのは間違いよ。ええ。

    「誰も悪くないわ。だから腹が立つんだわ」
    うん、きっとそう。
    ルフィは不思議そうな顔で雨に打たれてる。帽子があるから顔は濡れてないけどつばから雨が流れ落ちてる。
    そのつばの中にまで顔が近付いてきた。最接近だ。

    「お前、ナミが嫌いか?」
    「え?なんで?」

    反射的に答えてた。なんでそう言う質問になるの?

    私がナミさん嫌いになるわけ無いじゃない。
    ぽかんとなって顔に力が入らない。

    ルフィはその呆けた私の顔をじっと見つめていた。見つめ続けた後にニカッと笑った。
    「だろ。なら大丈夫だ!なんとかなるっ!だから一緒に行こうぜ!もちろんナミもつれて!じゃないと」
    「じゃないと?」
    「ゾロが迷子だ。」
    「誰が迷子だ! けどお前いけるのか?」

    ゾロの目はビビを見ていなかった。どちらかというと建物の方を見ている。
    「ビ・・・ビビ?」
    「ビビちゃん?」
    心配そうな残りの四つの瞳がこちらを見てる。


    色々な人の顔がぐるぐる回る。彼らの言いたいことは判る、正しい。
    だからといって自分が同じじゃなきゃいけないなんてそれもおかしい。
    このまま何もかもがうまく行かない気分になる。

    「行くわ」



    唐突に口から出た言葉は私の胸にすとんと落ちた。
    行ったら、この気分も晴れるかも。
    うん。

    「でもどこへ?」
    ルフィはにやりと大きな口で笑った。















    雨は世界を黒く染める。

    「ロビン先生?」
    突然の雨に車椅子の子供が一人、椅子ごと転んだが大事にならなかったと聞いた。無事でよかった。怪我は一番恐い。
    タオルを頭に被ったままロビンはぼんやりしていたらしい。
    スタッフの反省会を終えたたしぎ先生が覗き込んでいる。彼女はこのキャンプスタッフ数年の経験を持つ。子供にも父兄にもかなりの人気と聞き及んでいるが裏切らない柔らかな清潔感ある微笑みだ。手の中には湯気の立つカップが二つ。彼女は一つをロビンに差し出した。
    「お疲れですか?慣れないと子供の相手って大変でしょう?」
    「いえ、それほどでも」
    答えてはみるが冴えない。ロビンの濡れた髪から流れる滴が一つ、また一つと顎を伝って服に落ちる。
    「・・たしぎ先生?子供に嫌われないのって難しいですね」
    たしぎ先生は目を見開いた。さも驚いたように軽やかに笑ってる。
    「おや?先生は子供達に人気ありますよ。『話を聞いてくれる綺麗な先生』。羨ましいですね、私の評判とは大違い」
    微笑んだ姿は私を励まそうという気持ちばかりが伝わってくる。

    でも・・

    「つい・・が気になって余計なことばかりくり返しては怒らせているようです」

    自嘲気味な低い声は雨の闇の世界に溶け込んで融合する。やはり自分のごとき闇が光と交わるのは無理なのだろうか。
    ぱたぱたと足音が駆け込んできた。
    「ロビン先生、ちょっと。確認してきてもらえます?」
    「はい?」








    「失礼します」
    「もう良いの?」
    「はい。大丈夫。もうすぐ10時ですよ?消灯時間をずっとオーバーしてるし。それに私のこれって本当は病気じゃないって言うんでしょ?」
    「・・・・」
    「原因はわかってます。でも治らない」
    「たとえば催眠療法とか試した?例えばロビン先生の方がくわしいと思うんだけど相談してみたら・・」
    「もう良いんです」
    ナミはきっぱり言った。ヒナはそれを見て溜息をついた。

    「けど今夜は無理は禁物よ」
    「はい、だって後はみんなが寝静まったところにこっそり入り込んで寝るだけですよ」
    クスクス二人で笑いあう。

    出口のドアを開けた所で入ってくる人とぶつかりそうになった。長身のその人の胸の辺りにナミはぶつかった。
    「え?ロビンせんせ?」
    「ナミちゃん?貴方一人?」
    「いえ、今日はヒナ先生がつきあってくれましたよ」
    「そうじゃなくって!」
    ロビンの顔が青い。
    「班の誰もお見舞いに来てないの?」
    「え?」

    ここからロビン先生はヒナ先生の方をちらりと見て声を落とした。それを見たヒナ先生は心得たとばかりに向こうを向いて何かの文献を開いた。これぞとロビンはナミに耳打ちする。
    「部屋にもロビーにもお風呂場にも、貴方の班の子、誰もいないのよ」
    「えーーーーー!?」

    二人ですぐに飛び出した。
    建物の中には誰の姿もなく、彼らの雨具もなかった。


    「心当たりは?」
    ナミは首を横に振った。
    「今日の夕方から、ビビとは口きいてないんです」
    「どうして?」
    「その・・今日・・ビビと・・ケンカ別れしちゃって・・・」
    「あら」
    ロビンの声には攻める意味合いは含まれていない。
    「仲良しの二人はよくケンカするの?」
    「いいえ。初めてです。だから、余計にどうしたらいいか判らなくって・・」
    心細さに鼻の奥がつんとする。でもこんな事で泣くもんか。


    「原因は・・・私の事かしら?」
    「先生!?」
    「・・・ごめんなさいね」
    ロビン先生の手がナミの頭をポンポンと撫でた。
    「でも、彼らを見つける方が先だから、とりあえず彼らごと探してからこの話はしましょう」
    「は・・はい」





    「いた?」
    互いに首を横に振る。若い先生達が何人か気付いて室内は探してくれた。だが見つからない。
    外の雨は小雨になった。けどまだ降ってる。
    他の子に気取られる訳にいかず、カク先生やパウリー先生は見回りついでにしか探せない。彼らからまさかと思うが・・と昨日のアスレチックの方面への捜索が提案された。



    まだ探していないところ。
    皆が行きたがるところ。
    それか、誰かが行きたがっていたところ。


    「もしかして!」

    ロビン先生が呟いた。ナミも頷く。
    この度の間、ただ一人、非常に行き先にこだわっていた奴がいた。

    二人が玄関に走り出ると丁度フランキーが濡れながら入ってきた。
    「おめぇら、今から外出禁止だぞ??」
    「ああ!フランキー!船から来たの?ルフィ君達を見ませんでした?」
    「いや。俺はキャンプファイヤーの後始末。サニーなら明朝の準備もがっつり終わってるし、準備万端よ?」

    "Quand meme. "
    ロビン先生が頭に手を当てて口の中で何か呪文のような外国語を唱えた。何を言ってるかは判らなくてもナミと同じ気持ちなのだけは判る。
    雨の中、ロビン先生は傘を手にして飛び出した。ナミもその後ろについて走り始めた。



    二人、傘を開いてはいるが走っているとそれらは邪魔になる。邪魔のついでにぐちょぐちょに濡れながら何も言わずに港に向かってる。

    港には今日出航予定だったサニー号が残っているとフランキーが言ってた。
    サニーはメリーに比べると小さい。少人数用の島への船だ。島巡りの参加メンバーは希望者から抽選で選ばれる事になっているのもこの船の大きさのせいだ。




    「ビビ!」
    「ルフィ!」
    「何、馬鹿なことやってんの!?」
    声が響いた。




    空と海の狭間で-18

    2007ナミ誕 空と海の狭間で ] 2007/08/12(日)
    キャンパスを通りゆく秋の気配を含んだ風は肌に心地よかった。校庭の樹木も少しずつ色を変えつつある。その色彩は故国の秋を思い出させてくれる。
    大学は二期制だ。夏から始まる学科は一月もたてば落ち着きを見せる。授業やレポートがそれなりに忙しいがそろそろペースもつかめる。サークルやクラブにと友人も増えて楽しい時期らしいがロビンはそう言う物とは無縁だった。授業は真面目に出るしレポートの手は抜かなかったが人付き合いに興味はない。自分の来歴が他と異なることを気にする人間が多いのもその原因の一つだろう。何処にいても異邦人である自分の居場所を見つけられなかった。

    「あら?」
    その風がいたずらにロビンの足下にコピー用紙を飛ばしてきた。
    「あ、悪ぃなぁ。それ取ってくれるかい?」
    くだけた声でかけてくる男がいた。
    取り上げれば英文の文献だ。腫瘍の治療法のレポートだ。彼は声に似合いのゆっくりとした動作で起き上がって手を伸ばす。
    紅く燃える髪の、にこっと微笑まれた笑顔は無精髭なのにその季節に似合う穏やかさだった。
    「はい、どうぞ」
    「ありがとう」
    微笑まれてそこは処世術。無難に薄い笑顔で会釈を返した。
    そこはキャンパスの巨木の下でベンチが置いてあるわけでもない。そしてあまり人が通らない領域ではある。
    直に草の上に座って気持ちよさげに男はそこで論文のコピーを広げていた。おそらくは学内でも珍しい光景でもないのだろう。
    ただそれだけのこと。




    次に出会ったのは同じ木の下だった。
    今度は気持ちよさそうに寝ていたが、私の通りすがりに薄目を開けた。そっと離れようと、驚かしたつもりはなかったが視線があった。
    今度はロビンが軽く微笑んで彼はゆっくり手だけを振った。




    「やぁ」
    次には彼がやはり緑の上から声を掛けてきた。
    「よく会うね」
    「通路に貴方がいるからよ?」
    「君の、通路だろ?本来ここは人はあまり来ないんだけど?」
    何者かと思ったが改めては聞かなかった。あちらも名乗るわけでもこちらの事情を尋ねてくるわけでもなかったから。


    挨拶と会釈の仲は二ヶ月。その半月後には床を共にした。
    事後の煙草が美味しかったから気が向いた時にだけと言う付き合いはその後彼が居なくなるまで変わらなかった。





    「レポートの提出は三日後まで。」
    基礎実習は時間はあってなきがごとし。実験をしながら空いた時間に食事に行くのもいつものことだし、バイトの後に又帰ってきては観察を続ける様な連中も普通にいる。一旦筋トレに向かう体育会系の猛者もいる。寒い季節だが、真夜中にでも男女関係なく出入りして、実習を続けている。
    ロビンは大半の実験をそつなくこなす方だったが最後の課題だけはどうも試薬の反応が思うようにいかずデータが予測値に達しない。
    そのおかげで居残る羽目になれば教授自身や講師の先生とも親しくなったりもする。


    「あんただったのか、噂の元臨床心理士経由の美人ってのは。その若さでなぁ」
    この国でこの資格を取るには結構臨床経験や学歴が必要だ。それを海外でとっていただけなのだが。
    だが顕微鏡を前にして講師のルゥが実験以外のことを話したのはそれだけだった。噂に乗じて学校側は生徒のデータをどこまで流しているのかと言うことは考えないようにした。



    その日、実験室の前の半分屋外の廊下でタバコを咥えながら赤い髪がは雪に映える中、雪にまみれて彼は手を挙げた。

    「よ。終わった?」
    無視して歩き始めたら何事もなかったかのように側についてくる。
    「待ち伏せ?ずいぶん小児科医って暇なのね?」
    「あ、つれねーの。これでも二日ぶりに病院をでれたんだぜ?生理学には後輩がいんだよ。ほら、あのでっかい奴」
    巨体のラッキー・ルゥは病理学のなかでも熱心なほうだ。学生の指導も積極的に見えないのにさりげなく一番わかりやすくツボを教えてくれる。
    「道理であの人私のことを知ってたのね?」
    「いやーー美人は得なだけ」
    「今日は早く終わる日ってだって事も?彼に聞いたの?」
    「こっちの仕事も一段落だしな。オレも得した」
    まじめに言うからつい吹き出した。
    そのまま私は手を伸ばして彼の帽子の上の雪をはらい落とした。
    「シャンクス。鼻の頭まで髪と同じ色よ」
    「寒いし腹減ったな。旨いモンでも喰いに行こう。」
    ふと彼の手の中の本が気になった。

    「ん?読んでみるか?十年前の本だけどな。」

    懐から出された手に一冊の赤い本。著者名に薄くなった金字で「ゴール・D・ロジャー」の名が見えた。表紙に見惚れた途端もう一方の手が私の手に繋がれて一緒に、大きなシャンクスのポケットに突っ込まれてる
    「手、離してくれないかしら?」
    「ダメ。本のレンタル料。このまま暖めて」
    「その前にお腹が空いたわ。飢え死にしそう」
    「俺を喰って良いから」
    「固そうよ」
    「大事な所は硬いけど?」



    幾度か身体を重ねていると、徐々に身体は開き、心も開くようになる。
    枕元にデリカで仕入れたピザやサンドウィッチがバラバラに並んでその合間の空き缶にさっきの吸い殻が捨てられた。
    もう一本、付けた細いタバコの先に細い灯がともっている。タバコは普段は口にしないが疲れたときなどふとしたときに欲しくなる。

    「いや?大学から前歴なんて伝わってねぇよ。話したくなったら聞くけど?」
    先ほどまでの飢えた瞳は二つの欲を満たしていたずらっ子な瞳に戻った。
    「馬鹿な医者を相手にするのが嫌になったのよ。リセで向こうの資格も持っていたし、こっちに来てしっかりした先生も一握り居たけどろくに物も知らない研修医の連中の偉そうな態度に頭が来たし、だったら自分が医師になっちゃえばいいんだ、と思ったの」
    「ひゅ~ロビンちゃんらしいねぇ」
    普通そんな偉そうな事、とか思うものだ。再受験の準備中周囲の視線はどこか冷淡だったし、そのころ付き合ってみた研修医には言外に思い切り馬鹿にされたものだ。だがこの男にはそれは感じない。

    「今後はやらねぇの?元仕事。」
    「先は見えないわ。一夜だけのつきあいみたいな患者はもう沢山。もっとちゃんとつきあえる方が・・。」
    壁に置いたファイルはかなり厚い。自分なりの患者のサマリーだ。
    だがその名前達は滅多に再会できない。他の医院でトラブルを起こしたという噂を耳にするばかり。


    「あんたは聞かねぇな、この傷の事。」
    綺麗な肌に大きなメスと縫合の後。彼を解きほぐす糸口?でもそれには興味がなかった。
    「・・傷は誰にでも、何処にでもあるもの。それとも聞いて欲しいのかしら?」
    口の端に浮かんだ笑みがもう一度の誘いの合図だった。










    「これは・・・?」
    休日のとある日のことだった。コピーの山にノートパソコン。ロビンが授業のノートを見直している間に鼻歌を歌いながらシャンクスはまるで自室にいるように仕事を広げた。
    「仕事?」
    「そ」
    「職場でやれば?」
    「冷たいなぁ。少しでも一緒にいようってキモチだと思ってくれない?」
    答え代わりに冷蔵庫から冷やしておいたアイスコーヒーを注いだ。
    見るとカルテのコピーだ。名前はすでに黒塗りされて勝手なナンバーが振ってある。
    その頃はあまり煩くもなかったがプライバシー保全対策を最初からきちんとやってある。
    興味と言うよりは会話の流れから聞いてみた。

    「どんな症例?」
    「ん?ああ、今そろそろいいとこまできた小児腫瘍だよ。じゃぁ学生さんに試問。小児腫瘍。良性悪性混合で。プロの前で言えるだけ言ってみ?」
    「白血病、リンパ腫、Wilmus腫瘍に網膜芽神経腫。それから・・」
    「代表格は出たか。本当はもっとあるぞ。小児の癌は大人並みに複雑だ。そんでこれは小児横紋筋肉腫Rhabdomyosarcoma。胎児型のclinical stage2・・とまで言ったら判るか?」

    当時の私は首を横に振った。小児の癌患者のカウンセリングに高校生の頃向こうで立ち会ったことならある。難治例で、そして彼女は数ヶ月後に他界したことを聞いた。
    けど病気自身について詳しい話は専門外だし無理。まだ臨床に参加していないし。

    「そうだな、腫瘍の中じゃまだ質は良い方で進行もマシな方ではある、ってぐらいかな。
    最近の小児腫瘍の治癒率は格段上がってるんだぜ。十年前じゃ致命的だった。けどこいつには手術もやったし抗癌剤も年を越えて投与した。放射線も使った。将来的には残せる物は残す、そのさじ加減が腕の見せ所ってね。
    こいつは・・発見された初期がほとんどやばい所まで行きかけててね。
    けど頑張ったよ。俺もこいつも。何とかうまくいったって例だからみんなに報告しとくの」
    嬉しそうにデータの後追いを続けている。
    こんな嬉しそうな彼の顔は見たことがなかった。

    「小児の癌はなぁ。本当は多職種のチームで診れたら良いんだが絶対数が少ないからなかなかチームにまでは育たねぇんだよな」
    「珍しいわね。そんなあたりまで口にするなんて・・・よほど思い入れが深いのかしら?この患者さんに」
    その一言を受けてシャンクスはゆっくりとロビンを見た。
    ゆっくりと、光が優しくけぶる瞳。優しい、優しい瞳。
    満足そうに浮かんだ口元の少し伸びた髭にまで優しさが満ちあふれていた。

    「こいつにはねぇ特に思い入れがあんだよ。面白い小僧でね。もの凄い暴れん坊で、そのくせ甘ったれだった。本来治療するときに個人的感情なんて無いけど、あいつには未来を絶対に見せてやりたかったんだ。未来の夢を。生きる夢を」

    くすくす笑いながら古い入院カルテのコピーをぱらぱらめくる。十数冊にわたるそのカルテ記録は彼の闘病生活が何度も繰り返された証拠。
    その間シャンクスも共に戦った証拠。若い頃のシャンクスの筆跡が見える。まじめに書かれた初期から殴り書いたような時期もあった。
    彼らしくない珍しい鼻唄はさながら少年がそこにいるかのようだ。

    「子供の時から追いかけた夢に向かって生きる方法を、道を、生きることの全部を教えてやりたい。そう思ったのは医者になってあいつが初めてだったんだ」

    小児癌の少年の見る夢。病の床で少年が見る夢はどんなだろう。
    私の知っている彼らは泣いていた。そして耐えていた。
    だが実際の世界の中で知る現実はあまりに夢からは遠い。思いは裏切られ続けて手元に残るのはいつ散逸するか判らない。

    「夢・・ねぇ。大人になればなくすのに?」

    「大人になっても夢は見れるさ。実現も出来る。それを知ってるからな。けど最近の子供は知らない。教える奴がいねぇから。 だからわざとでも大人が子供に夢見る世界があるって教えないといけねぇ、と気が付いた。」
    「だから?」
    「いじけたガキ相手にするにゃうってつけだろ?この企画。あんたも参加してくれねぇ?」
    もう一つ、別のファイル綴りをシャンクスは手に取った。次年度用の手元のチラシはまだ下書き。一緒に挟まれていた古い資料は山積みだから歴史ある企画なのだろう。
    添付する南国の島の写真は大判になって見事に光る。
    子供達の満面の笑顔。
    その外挟まれた写真ではまだおどおどした子供も映っている。
    様々な顔。


    「そういえばあんたのこの写真ももらっても良いか?」
    「企画と関係ないのに?」
    私の壁に貼られた何枚かの写真達。若い母もいる。出会ったばかりの父と写した私の堅い顔の写真もいる。そして赤ん坊の写真も一枚ある。そのうち彼が手に取ったのは母が他界する前の最後の夏の写真だ。自分は12歳だった。
    「可愛い顔」
    「だって遠い昔ですもの。もう忘れたわ」
    次に数枚の写真の下に隠してあった一枚を拾い出した。
    「この子は?」
    「妹よ」
    「今の写真だと似てねぇ気もするけど、ちっさいころは面影はあるね」
    「今の写真?」
    胸からひらひらさせた一枚。いつ撮ったのか最近の屋外の自分が笑っていた。二人で出かけたときのものだ。
    「それは止めて」
    「ダメー、美人だから自慢してやる」
    「もう」

    そのチラシに書かれたキャンプの対象年齢は9歳から13歳だった。
    その頃の自分は何をしていただろうか。








    あの国では父親と一緒にいない子供など珍しくもない。ただ母が自分を父がくれた宝物と呼ぶので寂しいと思ったこともなかった。仕事上のパートナーが恋の相手に変わるのに時間など要らなかったと聞いた。存在の不確かさから漠然と他界したのだろうと思っていた。その後も母には何人かの恋人がいた。お国柄恋人はいるのが当たり前だったが彼らは私の父ではなかった。
    海外企業の秘書の母が急な病に倒れたのが9歳。両親を失い施設で過ごす自分にあの人が現れたのが15歳だった。



    30歳過ぎくらいの男性が私の前に立って大粒の涙を浮かべている。
    Orbia...
    母の名が聞こえた。
    Enchante.Vous vous appelez comment?
    初めましてを名乗るその人に覚えはなくとも胸がドキドキした。本三昧の生活の中でどこか夢に見ていたシーンだった。
    Je m'appelle Robin..Je suis la fille d'Orbia..Niko Orbia
    知らないうちに母が父の国の言葉を教えてくれていたのでどちらの国でも言葉は困らなかった。


    父の元で暮らそうという提案の中で一番惹かれたのは小さな妹の存在だった。
    母が23父が15の時に留学しに来たこの国で出会ったというドラマティックな過去の物語よりも、ずっとずっと強く惹かれた。
    その時にもらった水色の髪の天使の写真は縁がもう崩れてしまったが一番見やすい位置に貼ってある。
    例え本人には会えなくとも。











    その直後に起こった彼の離職は様々な憶測の付いた噂となって学内を飛び交った。目立つ男だけあってファンも多かったらしい。女性の集団に取り囲まれて聞かれた事もある。
    「ロビン、あんた行き先聞いてない?」
    「さぁ。知らないわ」
    顔も見ずに答えたら、答えた相手が悪かった事とその答え方のせいか噂は尾ひれも背びれも付いて広がっていた。知っているのに隠して居るだのいや捨てられたんだとか。
    本当に知らないのに。

    ただ・・・・彼の姿が見えなくなって、春の季節なのに寂しい木枯らしが自分の足許を通り過ぎていく感覚が拭えなかった。ふと気が付くと目の端であの赤い髪を捜していた。提出用の資料の紙ばさみから出てきたこの企画の案内用紙。その文言(スタッフ募集中)。レポートの提出もなければテスト期間でもないこの夏休み。

    暇つぶしくらいにはなるのかしら?

    そして夏直前に、父から久しぶりに緊急の連絡が来た。


    空と海の狭間で-19

    2007ナミ誕 空と海の狭間で ] 2007/08/12(日)
    メリーが島に来る船ならサニーは島を渡る船。
    性能は互角。容量では数倍メリ-が勝り、機動性ではサニーが勝る。
    どちらも一世代前の船オーロジャクソン号に端を発し、OSアダムの支配する全自動系統に属している。
    どういう訳かフランキーはサニーの制作者の一人らしいのだ。

    という昼間聞いたフランキーの講義の中身はハナっから彼らの頭に入ってるわけがない。
    判ってるのは自動航行のやり方とキーがいることだ。
    小さな船の方が使いやすそうに見えたし。




    「もう出られるぞーーー!」
    「準備オッケーー!」
    ルフィとサンジの浮かれた声が、静かな港に響いた。
    時刻は10時。消灯時間はとっくに過ぎて9時半の見回りの後に抜け出した。
    「どうやって出てきたの?」
    これも抜け出したビビが聞く。
    「俺とゾロは小便。ウソップとサンジが迷子のゾロを探すって出てきた」
    操舵室の戸を開けながらくわっと怒ってるゾロの姿にビビがくすくす笑う。

    「で?ナミは?」
    珍しくビビが言い淀んだ。
    「・・あのね、ナミさん部屋に帰ってこなかったの。保健室だって言うから探しにも行けないし・・」
    小さな嘘が一つあったから後半はルフィの目が見れなかった。探しに行けなかったことだけは本当だけど。
    「しょーがねぇなぁ」
    遠くで聞いたサンジと目の前のルフィは心底残念そうな顔で肩を落とした。

    そのままウソップとサンジは陸につながれている舫綱に取りかかった。旧式の縄なのにかなり重い。

    「信じらんねぇな」
    サンジが呟いた。
    「な・・なに?」
    「いつもの俺ならさ、こんな馬鹿な事、耳に入れた端から否定してるぜ。下手すりゃ大人にちくって褒めてもらってる。絶対俺が正しいと信じた顔でよ」
    サンジが持ち上げた縄にウソップも手をそえた。互いの顔が側によってはっきり見えたからウソップはサンジの顔を真正面から見た。口元が、そして一つしか見せない瞳が何ともくすぐったそうに笑ってる。
    「こんなに嬉々としててよ、フランキーまで騙すなんてありえねぇ」
    あり得ないと良いながらサンジの顔は全部のパーツがもの凄く嬉しそうだ。
    「ル・・ルフィ・・の・・それ・・とみんな・・」
    「かもな。けどそーれよりもロビンセンセの愛のお陰かなぁ?!」
    両手を組み合わせて目からハートが飛んでいたからそれには黙っていたが、ウソップの太めの眉根が引きつって顔だけで思い切り否定していたらしく軽い蹴りが飛んできた。
    やられっぱなしは面白くないからウソップも軽く尻を蹴り返す。



    サニーはメリーよりも小振りだが実はこちらの方が新しくて性能が良いとフランキーは自慢していた。
    なるほど。

    こっそりサンジがくすねた予備のプレート状のキーはすぐ反応した。
    パスワードもクリアしたのは今日の昼にもう一度見せて貰って覚えたウソップの記憶力のおかげだ。機動音は思ったより静か。いい音がしてる。外を見るために操作室の照明はほの暗いが、手元の操作に問題はない。
    秘密の冒険めいた期待は高まる。
    自称キャプテンがスイッチを一つ押せばこの船は期待通り向かうだろう。


    画面に浮かぶ幻の島 ラフテルへ。
    ルフィが最初から最後まで行きたがっていた最終目的地 ラフテルへ。
    冒険の島へ。







    出発のその時、岸から細いライトが光った。懐中電灯の弱い光は真っ直ぐ船の脇の部分を照らした。
    「ビビ!?」
    「ルフィ!」
    「何をしているの?!」

    姿がシルエットで判った。ロビン先生だ。
    透き通るような声がしたのはまだ遠い。港の入り口の方だ。
    もう一つ足音もする。一人じゃないらしい。
    「み・・みつ・・!」
    「見つかった!?やべっ」
    サンジが最後に外した綱を船内に投げ込んだ。そのまま足場を使わずに飛び移る。ウソップも後を追った。

    素早く走り込んだロビン先生はさすがに大人の足だ。船に一気に近づいた。手にしていた傘は吹っ飛び、髪を振り乱しいつもの静かな様相とは裏腹に激しい声が響いた。
    「やっぱり・・!すぐに船を止めなさい!そのエンジン音はなんなの?いったいどうやって・・」

    ロビンの足は乗船用の橋桁までもうすぐ届く。
    先生に乗り込まれたらこの計画は頓挫する。
    「やばっ・・」
    「不味いな・・・・中止か?」
    ゾロが構えた。
    「ぃやだっっ!俺は絶対に行くんだっ!!」
    「ルフィ!やだじゃねぇだろう?!ばれたらすぐに追いつかれるぞ!」
    「だから今出る!」
    ルフィとゾロが争い始める中、脇にいたビビがわなわなと怒りを震わせて船縁へ駆けていった。

    「ビビちゃ・・危なっ・・!」
    登ってきたサンジの声も手も振り切ってビビは駆け寄った船の手すりからロビンを見下ろした。

    「なによっ!自分が大人だと思ってあたしに命令なんかしないで!!」

    「ビ・・ミス・ウェンズデー!あなたまで一緒なの?すぐに彼らも船も止めなさい!」
    ビビは爛々とした瞳で、呼吸を乱しながらも叫んでる。
    「もう嫌っ!何をするにもあんたが命令するばっかりで人の言うことなんて聞いてない!そんな姉貴風なんか吹かせないでよっ!」
    「貴方、知っ・・・・。」
    「ちょっと怪我したくらいでうるさいし、怪我だから止めろとか恩着せがましいばっかりだしっ!」
    肩で息をしているビビにロビンが圧倒される。ビビは悔し涙を拳で拭った。

    「なんで貴方ばかりが良い子で、私の方が悪いような気にならなきゃいけないのっ?」

    「ビビ・・」
    「あんたなんて嫌いよっ!いやっ!二度とあたしやパパに近づかないでっ!!」
    ビビの爆発に近い迸りにロビン先生は足が止まった。
    立ち止まったまま動けない。
    唇もわなないている。
    「貴方・・そんなこと思ってたの?」
    「貴方があたし達に指図しないで!あたし達は貴方の言いつけなんか守らないで行くの!貴方が怒られれば良いんだわ!」
    「ビ・・・・。」
    ぴたりと固まった全身の中でロビンの唇だけがわなないている。


    ルフィも、ゾロも、サンジも、ウソップも皆ビビの激しさに動けなかった。今まで感じてきた違和感が全てつながる。

    彼らに二人の間のくわしい関係は判らない。だけど快活なビビがロビンに関係した瞬間から変質する。その違和感は誰もが感じていて、あえて口にしなかった。


    「わたしは行くわ! 船長!ルフィさんっ!!あの女なんかに捕まる前に早く行って!」
    その命令し慣れた声だ。その声を聞いてルフィがいきなり目を覚ましたように答えた。


    「おうっっ!!」

    ビビの行動に驚いてゾロの静止も弛んでいたその瞬間、ルフィは指を伸ばしてスイッチを押す。
    その指示に答えてサニー号はゆるゆると離岸し始めた。
    慌てたロビンが船板に足をかけようとした。その瞬間

    「来ないでッ!」
    「ああっ!」
    入り口に立ったビビが周囲にあったボート用のオールを振り回した。
    架けてあった船板を無理矢理折られる形になって船は動き始めた。つなぎ目に当たる船のボディも、板も、周囲に破片が飛び散って双方が結構な痛手に見える。
    ロビンも衝撃の煽りを喰って陸の方に仰向けに倒れた。足をしたたか打ったのだろうかしゃがんだ姿勢で声を続ける。
    額からぬるっとした物が流れて居るのも気付かず拭き取りもせずに叫んだ。

    「あなたたちだけでなんて!駄目よぅっ!!」

    船が僅かに動いた、甲板の争いがとぎれたその一瞬。

    「えーーいっ!」
    ロビンの横を何かが船に飛び込んでいく。

    ナミだ。ロビンに遅れて走ってきたナミが桟橋から海を越え船に飛び込んだ。ギリギリ船縁に着地して振り返ったナミはにやりと笑って勢いよくロビンに手を振る。

    「せんせーーーー!ビビはあたしに任せて!」
    「ナミちゃん!!貴方まで!!」
    ロビンの額から滴り落ちるぬるっとした物がある。
    そんな彼女に気づきもせず、子供達は船に乗り込んだ。

    そして船は沖に向かって一気に加速した。




    サニー号は操舵室からの命令だけを受けてあっという間に航路を行く。
    子供達は子供達だけで旅立った。
    船はしずしずと、前の暗雲をも気にも留めずゆったりと彼らを乗せた冒険に旅立ってしまう。
    子供達には知らせなかったが、海上の天候はやや荒れ。今から嵐になりそうだ。

    「お願いよ!帰ってきてーーー!」
    ロビンの声だけがむなしく闇の中に響いていた。











    ナミの乗船に一気に歓声が上がった。
    「ナミィ!待ってたぞ!」
    「いそげっ!」
    「ナミさん!!」
    「!」

    「ナミ!よくきたな!」
    ナミはルフィの声に今は答えなかった。

    「ビビ」
    「・・・ナミさん」

    2人じっと見つめ合ってる。
    真剣な瞳。


    ビビは口もきけない。
    後悔と、謝罪と、その外。イッパイイッパイで気持ちが溢れて言葉になんてならない。
    どうしよう。
    ケンカしたのも初めてならどうやったら仲直りできるのかも初めてで判らない。
    見たこと無いような強さで睨み付ける瞳。
    そのままナミがすいっとビビに近寄った。
    手が伸びる。
    一瞬平手打ちを覚悟した。覚悟しても構えてしまって瞳は固く結ばれた。




    飛んできたのはいつものナミの指弾きだった。
    おデコに軽く一発。
    いつものナミの忠告と同じ。

    「約束したよね?キャンプの全部、ちゃんと付き合うって。アタシだけ置いてっちゃいやよ」
    ナミは花が咲いたようににっこり微笑んだ。ただその微笑みは少しのぎこちなさと、そして少しだけ首の辺りがうっすら赤い。
    飛び込んでは来たもののナミもイッパイイッパイなのだ。

    ナミの精一杯にビビは全身で答えてナミに飛びついた。
    「ナミさん!ナミさん!ナミさん!ナミさ・・・・・」
    ビビが飛びつく形でビビとナミが抱き合った。きっちりと堅く。


    「まったく!馬鹿達に会ったからってアンタまで馬鹿になること無いのに」
    「何を言うの。桟橋を飛び越えるナミさんの方がもっと危ないのよ」
    二人は微笑んだ。

    互いを判ってくれてたことが伝わってくる。
    ケンカの答えは出てないけど。
    きっと互いにどうやったらいいのかの正解なんて判ってない。ただ、互いにあるのはそれだけなんだと気がついたから。

    二人は手だけは繋いだまま身を離した。
    ニヤニヤニコニコ、残りの四人も周りで微笑んだ。
    その彼らに照れくさそうに二人は微笑み返した。

    「よーーし!改めて俺たちの班全員で出航だーーー!!」
    「おおおーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」









    興奮が少し収まるとナミは微妙に固まった笑顔でビビを見た。
    「で、ビビ?この船、どこへ向かってるの?」
    「え?」
    ナミの微笑みは微妙な照れ隠しも相まって固まり始めてる。
    このナミが、行く先の判らない旅路に出ようだなんてナミ自身が許せない。
    判っているだけにビビは既に腰が引けていた。この笑顔が怒りに変わる瞬間だけは想像が簡単だ。自分の顔色が青みを強めていると知りながら、でも答える。

    「あ・・・・・・・・・・私も知らない・・の」

    ナミは声が出なかった。そのままナミの堪忍袋の緒が斬られて斬られて。

    「なんですって!!?あんたって子は行き先も知らないでどうしてそんなモンに身を預けるのよ!!」
    「ごめんなさいっっっ!」

    言いたいことに衣を着せぬナミは言葉では収まらず拳固を握ってる。それを皆がニコニコと見守った。
    これでこそナミだ。言葉は少し乱暴で、でも正確で、そして何よりも温かい。




    ルフィが鼻をこすってる。
    「大丈夫だ。今から行く先は入れ直すんだけどな」
    そう言ってウソップの方を見た。
    「へ・・変更を・・・に・・にゅ・・入力しないと・・い・・いけ・・いけない」
    「えーーーー!?そんなので大丈夫なの?」
    「今日の午前、全員でフランキーに教わったんだ。ウソップは二度ほど見てるしな」
    二人は胸を張って自慢げだ。
    「へぇーー凄いですねぇ!」
    「あ、ゾロには聞くなよ、無理だから!」
    「ホントーーーーに?大丈夫なの?」

    あははと皆の輝いた笑顔の裏でナミの気持ちの底ではもう帰りたいと言う気持ちがちょっと見えた。けどこのまま行ってもみたい。こんなわくわくする事。でも。
    とりあえず操船のマニュアル探し。海図の確認。この辺りは誰もやってないのは予想どおり過ぎる。

    そして・・最初にした質問がまだ宙に浮いている。あたし達の一体目的はどこなのよ!!





    空と海の狭間で-20

    2007ナミ誕 空と海の狭間で ] 2007/08/12(日)
    雨の気配??


    「ナミ?」
    「なんだろ?海の上は慣れない・・けど雨になりそうな感じはする」

    操舵室の窓ガラスにはまだ気配はないけれどルフィの顔も映ってる位に暗い。窓の外は先も見えない広がる暗い海。
    眺めていると陽が落ちて暗くなっただけの窓に何かがぽつぽつとぶつかりはじめた。最初はまばらに。そして徐々に足を速めて聞こえる。
    「あーーあ、あたっちゃった」
    「雨?また当り?」
    ビビが聞いてきた。頷くとビビは皆に向かって得意げに言った。
    「ナミさんは超人的な気象予報士なのよ」
    「いっ?何だ?」
    「天気は絶対当たるモンね!」
    自慢げに男子に向かってビビは説明し始めた。遠足でしょ、運動会の時にもね・・ビビの笑顔は今までよりも明るい。
    明るいんだけどちょっと気になる笑い方だ。激しすぎるような・・もっともこの旅では何となくおかしい感じが取れない。

    「絶対じゃないよ、ほとんど。けどなんか・・今夜は雨だけかなぁ?」
    「他に何か来るの?」
    「そんなのわかんないよ」


    気のせいだと思う。けど嫌な感じが消えない。
    たぶん、きのせい。





    「ようし!ルフィ。これでラフテルに設定完了だ!」
    サンジがウソップの代わりに答えた。ウソップは仕上げとばかりに軽やかに入力画面を叩いた。
    「本当に大丈夫?」
    「ちゃんと俺もおっさんのを見てたからな。大丈夫だ。これでいけるっ!な、サンジ、ウソップ?」

    画面が処理表示を続けてる。
    強制航行は一度設定されると衛星で自身の位置を把握しながら行き先を決める。
    だから開発当初から素人のヨットにあっという間に広まった。そして大型の船にも仕込まれて半世紀が過ぎている出来ると言われてる。現代ではほとんど絶対的に間違えないと思って良い。

    画面の海図と島が映ってる。
    小躍りしながら走り回るルフィに向かってウソップは嬉しそうに細かく首を縦に振った。指さした地図は読み取れる。航路とラフテルの文字が大きくうつっていた。画面に映るともの凄く安心できた。
    「あ、でた」
    「おめぇら、凄げぇ」
    讃辞に喜び勇んだサンジは小馬鹿にしたようにゾロの方を見た。
    「まぁ、まりもにゃ出来ねぇ技ってこった」
    「んだと、こら」
    「悔しかったら迷子の看板外してからきやがれってんだ」


    「なんか・・サンジ君ってああだったっけ?」
    「なんだかふっきれてない?」
    女子二人がコソコソ話してはいるがサンジの笑顔には華やぎがある。パッと花開いたような楽しさがある。
    ゾロとの言い合いも今までほどの険はない。ただのじゃれ合いにも見えるのどかさだ。

    ま、いいか。

    目的地ラフテルはちゃんと船が捕まえたし。自動航行は当たり前の技術だ。
    それにこいつらも案外馬鹿じゃなかった。行くからにはそれなりに頑張って航行技術を学んでいたらしい。


    「バカの喧嘩は放ってーー。ああ、これなら大丈夫そうね」
    ナミが手を叩きながら機械の前に出て画面を確認した。
    「じゃ、もう下に・・降りてもいいの?」
    「いいんじゃない?けど外は暗くなってて危ないから甲板には出ない方が良いわっ・・てルフィ!キャプテン!あんた聞いてる?」
    「ルフィ。騒いで計器壊すなよ。」
    ラフテルだラフテルだと変な歌をはね回って騒ぐルフィは、サンジが落ち着いたからなんか菓子でも・・と声をかけた途端今度は飯~飯~とうるさくなった。小躍りしてるルフィはそのまま跳ねまくる。裸足に近いビーチサンダルで良くもまぁ滑らずはね回れるものだ。狭い船室でこれ以上騒がれるのは良くないだろうと思ったし、狭いから居にくいので皆それぞれが階下におりて座席シートに座った。ゾロはさっさと横になってる。本当に寝る手間を惜しまない男だ。


    操縦室から最後にウソップが出ようとして足下のコードに足先をひっかけた。跳ねて踊ったルフィがさっきぶつかった一本のコードだ。
    「?」
    先を見るとコンセントが一つ抜けていた。
    「?」
    さっきは計器はちゃんと動いてた。今も船はゆるゆると進んでる。いきなりトラブルが起こった気はしない。
    怪しいときにはあまりいじらない方が良い。何かあったら困るから。だからそっともう一度深く挿入するつもりでコンセントに手をかけた。何かぴりっとした気がしたのは一瞬だった。
    「?」
    画面は・・?普通。大丈夫だろう。
    「ウソップーーサンジの弁当喰おうぜ~~!」
    「早すぎだ!」
    呼ばれる声の方が嬉しくてこのことはまた忘れてしまった。






    お弁当が広げられた半階下はちょっとしたお祝いムードだった。時計を見ればもう11時過ぎてる。けど誰もが眠くない。そして代わりにおなかが少し空いていた。ルフィが騒ぎ、ウソップも騒いでる。

    「弁当ってのは現地で喰うモンだろうよ。なんで俺の自信作がこんな所でご開帳なんだよ」
    「いいじゃん!出航を祝って!」
    お弁当とやらまで持ち込んで・・こいつらって、やっぱり馬鹿?
    「船の行く先、何があるの?」
    「行けば判る!船を信じろ!」
    「お・・おうっ・・お。。おれ!・・・がんばったから!」
    「判ったわ。ルフィは無理でもウソップ、アンタの頑張りなら信じるわ」
    「なんでだよーー!」
    ゾロまで黙ってるけど起きてきてる。

    サンジの弁当はとても美味しかった。










    「外にでよう!一番前まで行こうぜ!」
    「お!・・・お!」
    お腹が一段落付いたらルフィとウソップがムズムズし始めた。
    「やめとけ。雨だし。だいたい外には出るなよ。暗いし滑ったらどうする?おめぇカナヅチだろ?それよりも!喰ったらちゃんと片付けろ!」
    言いながらサンジは手際よく片付けている。
    「浮き輪なら外にあったぞ?」
    「それがあったところでお前が落ちたら絶対溺れるね。賭けてもいいぜ」
    「サンジのケチーーーー!」
    「ケ・・ケ・・ケチーーー!」
    「んだと!コックに逆らうな!」
    言いたい放題しながら笑って二人は戻ってきた。
    「ありぃ?ゾロは?」
    「ああ?トイレか?」
    「あいつさっきからあんま元気なくて喋んねぇな。腹でも壊してんのか?」
    ルフィはきょろきょろと見渡すがゾロの姿はない・
    「喰うにはきっちり二人前は喰ってたぞ?」
    ご飯はバロメーターだ。サンジの目は本能的に他人の摂取量を計算してる。
    「ふーーん」
    「そういやナミさんもたまになんだけどなんか微妙だったな?」
    「あーあいつさっきまで保健室にいたらしいからな」
    「え?俺に内緒でいつの間にそう言う話に??」
    語調を荒げて言うサンジにウソップは首をかしげた。
    サンジに内緒?なんで?







    節水仕様の洗面器で手と少し顔も洗った。
    小さな船だがきちんとトイレが男女に分かれていて良かった。流石に男子が一緒だけに恥ずかしい。
    ビビは簡易キッチンの方で洗い物をしてる。早く手伝いに行かないと。

    ナミは一人になると考え込む。気がかりは少しある。
    ビビのことは一旦保留。船の行く先はなんとかなってるみたい。
    残りは一つ。

    ゾロに、話しかけにくいままだ。

    さっきの・・キャンプファイヤーのお礼だって言わなきゃいけないのに・・あのときは色々ありすぎて皆が居るところでは言いにくい。そもそもどう言ったら良いんだろ?切りだし方が良く判らない。
    普段通話せばいいと思うと余計に普通が判らなくなる。

    反対にゾロはまだ怒ってるかもしれない。だったらいやだ。


    狭いところであまり考え込みすぎたので打ち切って外に出た。ドアがギイギイと鳴る。その音が重なってた。
    「あ」
    「あ」
    偶然ゾロも隣から出てきたところだったなんて。
    ゾロも驚いたようだ。目をまん丸に開けてる。

    あ、そうださっきのお詫びも言わなきゃ。それに・・。

    バクバクッと心臓が動き始めた。
    落ち着け!えっと・・
    二人口を開きかけたのも同時だった。

    「あのね・・・」
    「あのよ・・・」

    タイミングが合いすぎて言葉が打ち切られた。
    思わず目も体もゾロと反対の方向に泳いでいる。
    なんでだろ?言いにくい。

    「あんた・・」
    「お前・・」

    言葉がまた重なってつながらない。
    間の空気ばかりが重くなる。
    ええっと。
    ゾロが何か言ってくれるの?
    アタシ待って良いのかな?

    ゾロの方をそっと見た。
    ゾロもそっとこちらに視線を寄越してた。
    視線が絡もうとしたその時。

    「ナ~ミさ~~~~~~ん!さっきまで保健室って本当?体は大丈夫?!」
    サンジが思いきり船室のドアを開けて飛び出してきた。
    「え?・・え?え?・・ええ。」
    「いやいやその話を聞いて俺の心臓が止まるかと思ったよ!」
    「あ・・ありがと」
    ああ。嘘な訳じゃない。けどこの言葉はゾロに最初に言うはずだったのに。


    ギイと船室のドアがまた開いた。ゾロが何も言わずにすっと入ってゆく。またその背中しか見えない。ドアを支える後ろ手がポケットに戻った。

    そしてゆっくりと扉は閉じた。



    「あ、アタシ、ビビの手伝いしなきゃ」
    「俺も手伝うよ。病み上がりでしょ?」
    「ううん平気。サンジ君は良いから休んでて」
    ナミもパタパタ小走りで駆け出した。





    船室の皿を下げて来たウソップは台所の泡に驚いた。
    台所といっても小さなシンクにポットが一つと電気式のコンロが一つ。食器もなければ鍋もない。ペーパーナプキンが高いところにぽつんとあるのが余計に目立つ。
    狭いところが泡だらけ。
    「や・・やりすぎ・・じゃ・・じゃないか?」
    「ああ~~ウソップさん良いところへ!ちょっと手伝ってくださいな、ナミさんが戻るまで!」
    「は・・はい」

    床にこぼした洗剤と持ってきた洗い物の管理はあっという間にウソップの管轄にされた。
    何より狭いこの一角で、水だって無限じゃない。とフランキーに厳しく仕込まれた。
    ウソップの手は動く。
    手だけは動いてペーパータオルを使ってあっという間に泡も皿も処理をする。

    ウソップは何を言って良いかは判らない。だけれど沈黙が重くなってきた。
    「あ・・ビ・・ビビ・・はゾロと同じ が、学校?」
    「いいえ。駅からご一緒しただけよ。どうかした?」
    ウソップの顔に一瞬驚きが見えたのをビビは見逃さなかった。ウソップは首をひねって少ししてから答えた。
    「ゾ・・ゾロが・・ずっとナミを見てる」
    「ナミさんを?どうして?」
    サンジなら判る。元々目配りと気配りの塊のような人だから。おそらくはそう言う物とは一番遠いと思われた男の名前にビビの目は丸くなった。
    「め・・目が離せないって」
    それからこうも言っていた。
    「な・・んか、みちまうって」
    「それって・・・・恋?」
    どんな窮地にいても女子に恋話は栄養源だ。ビビは目を輝かせた。
    「ナミさんに目を付けるなんて!あの人見る目があるわ!」

    凄く嬉しそうなビビのは大きな眼だなぁと思ったけど口には出せない。それでも自分が女の子と二人で何かやってるだなんて今までの自分からは想像も付かない。しかも会話してるだなんて。

    「けどだめですーー出直してください。ナミさんはもの凄く素敵な人じゃないと差し上げられませ~~ん」
    ビビの口調が面白くてちょっと吹きだしかかってこらえた。
    「・・・?た・・たとえば?」
    「うーーんわかんないけど。凄い人」
    ウソップはビビの言葉もよくわかんないに入ると思った。
    洗い物はもうすぐ消えて無くなる。



    外ではナミが真っ赤になって壁にへばりついていた。
    (そんなはずないんだけど。それとも本当に怒ってる?)
    こんな話題の中に入れるほど、ナミの神経も太くない





    空と海の狭間で-21

    2007ナミ誕 空と海の狭間で ] 2007/08/13(月)
    外はナミの予想に違わす強い雨の様相を示し始めた。
    窓を打ち付ける風が唸り続ける中サニー号は懸命に進む。
    操舵室でも船は少しずつ揺れ始める。
    小さな波も大きな波も飲み込んで最新開発のバランサーが持ちこたえてはいるので皆の体感はあまり変わっていない。
    「バランサーってフランキーがもっの凄く自慢してたけどよぉ、これって揺れてない方なんだよな?」

    そう言えば車に乗ってるみたいに安定してる。来るときのメリーの方が船も大きいし、天気も良かったのにこれよりも揺れてる感じがした。だがこの船にはそれも少ない。前には船酔いしたビビも今は知らん顔だ。

    「なんか暇だなーー」
    「暇な方が良いんだぞ。船に任せときゃいいんだからな」
    「けどさーーこうこいつをまわして「面舵一杯ーー!」とかやってみてぇじゃん」
    「触るな!」
    ルフィが操舵輪を回したので慌ててサンジは戻した。
    これは本物だから回せば船は回る。
    回ったところでサニーの方が衛星との位置確認をして修正してくれる、はずだ。

    「迷子なんて、俺は嫌だぞ」
    ゾロじゃあるまいし。
    「お前危ないから下に降りとけ」
    「ちぇーー」







    ざぁーーーーっと窓に雨が響いた。
    雨はますます勢いを増し、肉眼では外を見るのも困難になってきた。
    その間にどんと響く音と同時に稲妻が走る。何度も何度も海の上をうねる蛇のように光の矢が走ってる。

    「うわっ!」
    「雷か?」
    起き上がったゾロの横でルフィが跳ねている。
    「逃げろ!」
    「何処に?」
    「へ・・へそ・・!」
    皆の、そしてウソップの反応も見てナミは頭が痛くなる。
    「慌てないで!多分避雷針付いてるわ」
    「ホントか?」
    「わかんないけど・・少なくても金属の船の中の方が多分安全だから」

    落雷音とあまり変わらないタイミングでバリバリッと光が横に走った。

    「おわっ!」
    「きゃーーー!」
    「もう!船の真ん中でしゃがんでて!」
    「ナミさんはなんて物知りなんだ!」
    サンジの声を余所に微妙に構えながら答えたナミは外を見続けている。
    「けど・・近いよね?」
    音と光の間隔はどんどん近づいてる。ビビが頭を隠しながらも問うた。
    「うん」
    「落ちたら?」
    「あたし達は大丈夫かもしれないけどサニーが」


    解説中の揺れる船の中。目の前で音より先に光が走った。





    立っていられた人は居なかった。
    「大丈夫?」
    「身体はな、なんともねぇ。けど明かりが消えたな」
    身体を動かしたのはゾロが最初だった。手を振り首を振り、身体を確かめてる。
    衝撃からの立ち直りはさすがに早い。
    「直撃?それかもの凄く近くに落ちたんだわ。」
    ナミも頭を振った。

    部屋の灯りが消えてる。慣れない目には真っ暗に見える。

    もそもそした影が部屋の真ん中に集まってみんなしゃがんでいた。

    「サニーは?!」
    ルフィが尋ねるとそのままの姿勢でウソップが耳を床に当てていた。
    「う・・うごいてる。だ・大丈夫だ」
    サムズアップしてにやりと笑った。
    「よかったぁ!」
    「そうか?安心は上を見てからだぜ?」
    「だな」
    落雷の影響があるかもしれない。
    サンジとゾロの声にビビもナミも頷いた。

    非常用電源が働いているらしく非常灯だけは付いた。部屋も廊下も目が慣れたら歩けないわけではないがうっそりと暗い。
    船が今までになく少し、揺れている。







    雷は遠ざかり音も小さくなった。
    だが窓の外は雨。雨が、今までになく激しくサニーを打ってくる。


    操舵室の大きく開いた前方の窓の視界は今では利かないままだ。
    手前でカラカラと操舵輪は揺れている。船内は暗い。まるで別の部屋に来たみたいにも見える。ぼうっと画面の電源だけは入ってて浮かんで見える。こちらにも非常用の電源は回るらしい。
    「サニーは生きてるな」
    操舵室の一番大きいモニターが動いていてくれていた。船の位置は点滅して光り航路を示す矢印は太く予定航路の上を突き進む。
    まず皆がほっと胸をなで下ろした。

    エンジンも動いてる。海の上で判らないけれど船を指すモニターは進んでる。行く先のラフテルへの航路も消えてない。
    かなりほっとした。
    もし、何か起きていたら、と言う想像はしたくなかったし。


    「おい、大人用みたいだけど」
    ゾロがついでに下から救命用のライフジャケットを見つけてきた。
    少しだけど余裕が出来た子供達は歓声を上げた。

    「うわっ!なんかかっこいい!」
    「えーー?邪魔じゃねぇ?」
    「あ、ここで少し絞められると緩いのマシになるぞ」
    男子にとっては変身用グッズに見えるらしい。
    「ルフィ・・・・楽しいかもしんないけどでかすぎ・・お子様用探しとこうぜ」
    細身で小柄のルフィにはブカブカすぎる。


    「くしゅっ」
    ナミがいきなりくしゃみをした。
    「ナミさん?寒い?」
    「そうでもないんだけど・・」
    「ナミさん!くしゃみまでなんて可愛いんだ!」
    ビビがするっと自分の白いパーカーを脱いだ。
    「このパーカーあげるわ。着てて。そうよ!さっきまで保健室にいたんだし・・大丈夫?」
    「あ、風邪とかじゃないからね、ビビ着てなよ」
    「良いの、私は大丈夫。こっちのライフジャケットも面白いし。こんな時じゃないと着ないよね」

    すぐに飽きて階下に放り出したのもルフィだった。

    「これだけの雨と雷だったらだれもおっかけてこねぇな」
    「だからって縁起でもない」
    ルフィがにこにこ言うとナミがいつもの通り拳骨を頭に落とした。


    「でも・・・揺れは、前より酷いみたい」
    操舵輪がカラカラと一方にばかり回ってる。












    「ばかな!?」
    「サンジ?どうしたっ!」
    「ナミさん、これ判るか!?」
    サンジの指さす画面にナミは飛び込んだ。
    「まさかっ・・・」
    「俺が見てる前でいきなり船の指標がこっちからこっちに飛んだ」
    「どうしたんだっ!?」
    サンジは目を大きく見開いたルフィを見た。おそるおそるの顔をしたビビを、眉根の曇ったウソップを見て口ごもった。

    「航路がずれてる・・・かもしれねぇ」
    「え?」

    確証はないが・・と切り出した。
    「今の・・船の位置はここ。」とサンジ
    「そして島と航路はこっち」とビビ
    「さっきはこっちにいたと思ったんだが」
    今の位置は航路を少し右にそれている。今も少しでも進んでいく。微妙にだがずれてゆく一方だ。

    「これが正しかったら、の問題だがな」
    「どうしよう?」

    カラカラカラ・・・操舵輪の動く音がした。船の操舵輪はゆっくり右にばかり傾いて曲がってゆく。
    「行き先は船が判ってんだろ?何もしなかったらそのうちいけるんじゃねぇか?」
    「馬鹿!」
    「船が方向を修正しない以上何処か他の所に行っちゃうわ!」
    サンジとナミの答えが重なった。


    いきなりゾロが操舵輪をがしっと握ってみた。思ったよりも強い力が舵輪を押しとどめる。
    「動かねぇ。無理だ」
    「駄目かも・・コンピューターからの命令の方が強いんだわ」
    「どうなった?どうすんだ?」
    ルフィが聞いてきてもナミにも判らない。サンジが吠えた。
    「ウソップ!入力し直せるか??」
    サンジの声にウソップははっと画面にかじり付いた。
    解除しないと行く先は間違ったところからずれない。
    頼みの綱だ。

    「!!む・・むり・・」

    ウソップは必死に最初と同じ手順を踏む。ところが画面は一切の操縦を受け付けない。
    何度も何度もやり直す。いろんな方法を試してみる。スイッチを叩く音だけが船に響いた。
    ウソップは首を横に振る。振った先で先ほど自分とルフィが引っかかったコードを見た。

    ここは操船室だ
    壁には海図。目の前のモニター。
    ラフテルは地図の真っ直ぐ目的の先にいるのに船がどんどん方向を変えている。
    なにもできない。


    ルフィが船に向かってがばっと吠えた。
    「サニー!頼むよ!俺はこの島に行きてぇんだよ!」







    空と海の狭間で-22

    2007ナミ誕 空と海の狭間で ] 2007/08/15(水)
    航路の軌跡の印は変わらない。一本の道だ。
    なのに船の位置を示す画面は、刻一刻とそのラインから遠くなる。
    少しずつ、少しずつ離れてゆく。直線ではなく不規則に方向が変わる。先が全く読めない。
    そんな画像だけが彼らの目に届く。




    「手動の船の操縦は?誰か判る?」
    ナミの視線が尋ねた。ウソップは首を横に振る。サンジも、ルフィも同じだった。


    「燃料はあるみたいね。フランキーもそう言ってたし。けど手動の操作が出来ない。行くのも帰るのも私たち子供じゃ無理。
    船はどこへ行くのかわかんない・・嵐の向きとかもわかんないからいつ脱出できるかもわかんない。せめて・・」
    「うん。明かりだけでも付いたらいいんだけど・・」
    「懐中電灯が何本かあったぞ!」
    まとめて切り出されたナミとビビの意見は静かに皆に染み入った。見つけた宝物にルフィがにこにこ笑ってるから落ち込まずに済むけど気づいてしまった。

    そうだ。誰の手も船の運転などできやしない。




    タコが十回以上つぶれるまでふるった自分の手をゾロは見た。
    大人用の包丁と砂の入ったフライパンで鍛えた自分の腕をサンジは見た。
    この手はきっとすごい未来をつかむことは出来るはずだ。

    凄い未来の自分はつかめる。だけど、現在の自分の身はつかめない。
    まだ小学生のこの手でつかめる世界はあまりに小さい。
    悔しいけど。どんなに自分が大きくなったと思っていてもこの手も、身も、あまりに小さい。


    「女の子だけでも帰してあげないとな」
    サンジがぼそっと言った言葉にビビがむっとする。
    「そう言うのって変よ。助かるならみんなで。当たり前じゃない」
    「俺にはそう言うわけにも行かないんだよ」



    船が出航したときのわくわく感の大きさの分だけ今はみんなが潰れてる。

    ゾロは「行くか」といった自分の言葉を今は取り消したかった。
    もっと慎重であるべきだったか。
    サンジは舫綱を外した自分を責めると辛くなる。
    せめてもっと判るまでフランキーに聞いておけばよかった。

    「最初から船に故障があった・・とか?」
    「船とフランキーのせいにする気か?」
    それが一番楽だ。
    「言ってみただけよ」
    ナミは唇を噛んだ。
    だって。じゃないと。
    ここにいる自分以外の誰かを責めてしまいそうだ。


    「本当に私達、どうしたらいいの?」
    ビビの声が妙に透き通って耳に残る。






    ウソップは一人、皆の話し合いの輪から外れて隅っこに座り込んだ。

    『ここで自動操縦が出来るんだぞ!んでここを外せばリセット。簡単だろ?』
    『凄ぇ!な!な!俺にも教えてくれよ!!』
    『鼻の坊主の方が筋が良い。クソガキ、おめぇは余計なモンいじるな。特にこいつなんか命綱だぞ!バランサーっつってな船の安定を取るんだ。こいつが動いてる間は沈みにくいって言う画期的な発明なんだ。おら!!そのコードもだ!いじんな!』
    『ちぇっ』
    このコードだった。
    今思えばルフィと騒いだ時に外れていたコードだ。

    そして今船の針路は解らなくなった。嵐も来てる。
    その他のスイッチは大丈夫だろうか?
    強制航路のコードを付けては消してをやっても操作は二手か三手で行き詰まる。

    このコードだけはあのときにもう一度見直さなきゃいけなかったか?
    何度否定してもやはり思う。泣きそうになる。
    (俺がわるいんだ。だから船は・・俺のせいなんだ)








    「キャンプと連絡とる方法は?」
    操舵輪の脇で今まであまり口を開かなかったゾロが腕を組んでいる。
    「冒険は終わりだ。帰るか・・迎えを頼むしかねぇだろう」
    「・・連絡の方法は?これは聞いてる?」
    ビビの言葉に皆の視線は座り込んでいたウソップに集まった。
    「つ・・通信方法は・・し・・しらない」
    ウソップは横に首を振った。見回しても誰も知らない。
    「これもフランキーからも習ってねーよなぁ」
    必要だなんて考えももしなかった。下手にそんなこと聞いてばれたら困るというくらいにしか考えてなかった。
    「船のマニュアル・・とか?」
    「この船にあるのは配線図くらいだったわ」
    ナミは最初に探したその一冊を取り出した。

    壁に貼ってあるのはこの島周辺の海図。最北端がキャンプ地で、最南端がラフテル。その間の島や海が描かれている。
    もう一つ。『諦めるな』と古いかすれたインクで書いた文字が掲げられてる。その他に文字の羅列が入ってる。陳腐に思えるがロジャーの有名な言葉らしい。



    「陸なら携帯とか使えるのにね」
    ビビの一言にあっとナミの口が動いた。
    「ねぇサンジ君?アンタたしか携帯持ってたわよね?!」
    その言葉に皆の視線がナミからサンジに集まった。
    「あ・・ああ・・けど携帯・・?」
    疑問を含んだ視線にサンジの声が飛び跳ねた。
    「そうか!今時の携帯なら海の上でもいけるって。だから海の事故も減ったって爺ィも言ってたぜ!」
    「そうよビンゴ! たしか緊急の番号は118!救急車の前って覚えてる!」
    ナミの興奮した声にはじかれるようにサンジは右手をゆるめのパンツのポケットに手を突っ込んで指先が慣れた感触を探った。
    「あった!」
    「さっすがサンジ!」
    「これで助かるのね!?」
    ざわめきと共に安堵が広がる。
    皆一斉にサンジの手の中に光るメタリックブルーの携帯に期待の笑顔を輝かせた。
    サンジの得意そうな紅色に上気した頬の色が
    「あ・・あれ?そんな・・・・なんでだ?……おいちょっと待ってくれよ。」
    ウソップが手元を覗き込むとサンジの焦りを含んだ声が更に焦りをおびただしくしていく。

    「圏外……なの?」
    「海の上だから?」
    「そんなこと無いの!今時かなりの近海には電波が届く設定にされてるのよ!!」
    「お前なんでそんなこと知ってんだ?」
    「ちょっと興味があっただけ。っていうか知っといて損は無いでしょ」
    ナミは社会で公海のことを習ったときについでに周囲の海域についての本を読んだという。
    「それじゃ・・・・?」
    「・・・・・・」
    彼らが電波の届かないところに遠くに迷い込んでいるかは判らない。機械も操作できない。どちらにしても連絡はできない。

    ゾロがお手上げと手を開いた。
    「本格的に・・・やばいわけだ。」
    「やだ怖いこと言わないでよ!」

    空気が重くなる。
    期待がしぼんだことで一層皆の恐怖は煽られた。









    船の揺れはどんどんひどくなる。
    今までにない揺れ方だ。
    「揺れるな・・嵐か?それともバランサーとやらも壊れたのか?」
    静かなゾロの一言だがこれも皆をぞっとさせた。
    このまま進む方が余計に悪くなりそうな予感ばかりがふくれあがる。

    「なんとか引き返せねぇことないだろ。帰ろうぜ!」
    サンジが叫ぶ。
    帰りたい。小さな言葉だが皆すがりつきたくなる。帰れるのなら帰りたい。もういやだ。
    ところがルフィが大きな声で叫んだ。

    「いやだ!俺は絶対ラフテルに行って!『ひとつながり』に行くんだ!」
    「ルフィ!我が儘言うな!」

    サンジの叫びはさっきの稲妻の様に大きかった。そのまま舵を取ろうと手を伸ばす。そうはさせまいとルフィが舵を握りしめた。

    「いやだ!」
    「我が儘だぞ!」
    「俺はラフテルに行くために病気を治したんだ!」
    「何でそこまでラフテルにこだわるんだ?」

    皆がルフィを見た。
    ルフィの細い首には引きつったような傷跡が残ってる。一度では済まないだろう手術跡。
    ルフィの目が嵐のように渦巻いている。まるで闇が燃え上がっている様にも見える。
    野生の獣が歯を剥いたような鋭さを今のルフィは隠さなかった。


    「俺のガキの頃はよぉ。病院しかしらねぇんだ。入退院ばっかりでよ。ようちえんとかもしらねぇ。学校も入学式は出てもそこからすぐに休んでた。
    ほっぺたのここに癌があったんだ。」


    癌。そう言われてもピンとはこない。あまりに遠い病名だ。
    それはもっと年を取った大人がなる病気だ。死ぬかもしれない大人の病気。
    今のルフィは元気じゃないか。

    「入退院しては何度も治療しないといけなかった。
    手術ってのを受けるのは怖ぇぞ。本当に怖いのは手術じゃねぇよ。終わってからなんだ。
    痛いんだ。体が自分じゃないみたいにしか思えねぇ。だいたいなんで首が痛いのか全然わかんねぇし、怖くて怖くて、手術なんてしなけりゃよかったってなんども泣いた」

    今のルフィが受ける手術じゃない。
    もっと小さい彼が見える。泣いてる。
    そんな病気で小さい子供の泣く姿は今のパワーの塊のような彼からは想像も出来ない。


    「覚えてる限り、いっっつも病院だ。
    点滴も何度も何度も繰り返した。髪だって何度も抜けたし、食えなくなることもいっぱいあった。
    だから今、喰えるようになってからはその分まで喰うんだ。喰えば力になるからな。

    入院も点滴ももう止めたいって言ったら親も泣くしよぉ。そこでシャンクスが言ったんだ。あ、シャンクスってのは主治医の先生だ。」

    『賭をしようルフィ。お前が絶対諦めないで治療を頑張ったら世界一のお宝を見せてやる。そいつは南の島にあるんだ。誰がなんて言おうと俺が見せてやる』


    ルフィの目は遠い何かを見ているように煌めいた。
    ここにはない遠い何か。
    それは彼の見た夢だ。
    夢の光景だ。


    「世界一のお宝だぜ。想像も出来なかった。それが碧い海に浮かぶ島に、南の島にあるって言うんだ。
    あのとき、俺の夢に初めて色が付いた。海の碧と島の緑。テレビよりも本よりももっときれいな色の付いた夢だ」


    外は嵐なのに。
    今も雷が来てもおかしくない雨と風なのに。
    なぜか皆それぞれの眼前に同じ夢を見ていた。
    碧い島にさざめく波の音。島の綺麗な鳥が歌う森の奥には想像も付かないお宝が眠ってる。


    サンジはルフィの体を押さえる力を失っていた。同じように力を抜いたルフィは頭から落ちかけた帽子をそっと手にした。ぶるっと一度頭を振って、帽子はポンポンと手ではらってまたかぶりなおす。


    「それで、俺はシャンクスとの誓いを果たすって決めた、絶対にあきらめねぇって。そうしたら治った。治したんだ。
    本当なら賭けをしたあのときの俺の生きる確率はすげぇひくかったって多分俺は死ぬだろうと思われていたって後から今の主治医の先生が話してくれた。
    けど俺は治した。治ったんだ

    一度でもあきらめたら俺は死んでた。でも今生きてる。治したんだ!

    だから俺はやるって決めたら何があっても、絶対に何もあきらめねぇ!」


    ルフィが、もっと小さなルフィが諦めていたら、今の彼らの誰もルフィには会えなかった。
    一緒に遊んで騒いで・・ただキャンプの光景にルフィの姿だけが消えていたはずだった。
    誰しもが感じていた。ルフィの居なかったキャンプ、それは・・・なんと色の褪せた夢だろう。


    「だから、俺は島を目指す!あきらめねぇ!」
    「ルフィ・・・けど気合いだけじゃ・・」
    サンジの絶叫には最初の勢いはなかった。
    「俺は絶対に行くっ!」


    ルフィは腕を組んだ。四年生で130cmのやや小さい背。その背景が入退院の繰り返しなら頷ける。

    「病名はなんだ?」
    今まで黙ってたゾロが低い声で聞いた。
    「誰もしらねぇよ」
    「いいから。」
    「Rhabdomyosarcoma」
    「・横紋筋肉腫」
    「・・知ってんのか?」
    「・・驚くな。俺は聞いたことは覚えてんだよ。聞いたことだけはな。
     これはたまたま聞いたことがあるだけだ。俺のばあちゃんも小児科医だからな」

    ゾロの記憶も思い出されていた。
    ゾロの記憶は遠い過去。ルフィの夢とは対照的に色の薄いセピア色。

    迷い込んだボールを取りに自宅の庭に入ったところで診察室の窓から声が聞こえた。
    患者の家族が来て泣いていた。治療は繰り返すから本人にも家族にも気合いが要ると婆ちゃんが静かに言っていた。
    死ぬ話ばかりで静かにすすり泣くおそらくは患者の家族の異様な雰囲気に庭に取りに来たボールを抱えて動けなかった。
    動けない間小さいゾロはずっとその説明を聞いていた。
    自分も死んでしまうような気がして・・怖くなって余計に動けなかった。


    ルフィはその死の世界から帰ってきたのだという。
    諦めず。
    戦って勝ってきたのだという。


    ルフィの細い脚。腕だけはそれでもあきらめずに鍛えていたのだろう筋肉はついている。
    腕組みをしてその細い両足をぐっと広げてルフィは床を踏みしめて立っていた。

    「ここに行かなきゃ俺のグランドラインは終わらない。だから絶対に行くんだ。」

    誰にも、命を賭けたことのある彼の意志を変えられない。




    空と海の狭間で-23

    2007ナミ誕 空と海の狭間で ] 2007/08/17(金)
    この部屋を今までとは違う空気が支配してる。
    仁王立ちしたルフィの背後に掛けてあるロジャーの文字が皆に語りかけてくる。

    「諦めるな」

    諦めたら負ける。
    普通の時でも諦めたら負ける。
    今は本当に命を賭けてる。

    「諦めるな」

    壁も暗い中、何故か浮かんで見えている。





    風にあおられて船が大きく傾いて揺り返してまた戻った。重力がぐっと慣れない方向にかかる。
    足場は大きく揺れてナミとビビが横っ飛びになって壁にしたたか打ち付けられた。
    「痛ったぁ~~~」
    「大丈夫か?」
    ルフィの問いにビビが短く答えた。
    「うん」
    打ち付けたのはお尻や肩だ。二人ともさすりながら身を起こしてる。


    「決めようぜ。選ぶのは戻るか、それかこのまま進むかって事だ」
    ゾロが低い声で続ける。
    「嵐の中で止まっても船がひっくり返るかもしれねぇ。それなら前にいくっきゃねえだろ?こんなところで諦めて俺は死ぬわけにいかねぇんだ」
    だが低い声に強さを感じる。
    開き直りとも言える勝負所の勘みたいなものが今のゾロに満ちている。

    ウソップも黙って自分の手をぎゅっと握りしめた。
    小さな手だ。そうだ、まだやりたいことがいっぱいある。こんな解り合える奴らと出会えた。ビビと二人でだって話せたし、それを母にも教えてあげたい。喜んでくれる顔が浮かんだ分とても帰りたくなった。ああ俺の中にもいっぱいいっぱいやりたいことはあるんだ。
    だけど。判ってる、だけど。だからこそ。
    「もけ・・けどよ、さ、先にも進めるのか?ほ、本当な、らも、戻るとか・・やっぱと、と、止まる方が、い良いんじゃ・・」
    「止まって待つって方法もある。船を進めるってそれはこいつの我が儘でしかねぇだろ?そっちが安全と判るわけじゃなしその為にナミさんやビビちゃんまで巻き込んでいいのか?」
    サンジがその横から静かな、大人じみた声で問う。
    ゾロがぐわっとサンジの胸ぐらを掴んだ。にらみ合いにも似た緊張が皆の間を走る。
    「巻き込んだ?それは違うだろ。こいつらはこいつらが決めて付いてきたんだ。お前だって決めたのは自分じゃねぇか。ルフィのせいにすんなよ」
    「俺はな!けどよ!」
    負けないは気でサンジは言い返す。自分のことだけやればいいわけじゃない。女の子は特に守るという信念はサンジには捨てられない。
    「なら人の事まで勝手に背負い込むな。おいナミ。お前はどうなんだ?」

    ゾロの瞳の色はナミにまっすぐ向いた。ナミはさっきぶつけた肩を痛そうに自分でさすりながらゾロの視線を受けた。
    挑発的な・・お前は負ける気か?と聞いてくる瞳。この目がなかったらナミだって逃げ出したかもしれない。さっきのルフィの話を聞いてもまだ逃げたかもしれない。けどこいつ相手に、自分としてはここでは絶対に引き下がれない。なぜか強くそう思う。

    退いてはいけないとまで思う。何故かは判らない。
    けれど別の自分が聞いてくる。それで良いのか?と。戦うことを選んでしまえばその選択が正しいのかは誰にも判らない。それを今、選んで良いのか?心の重圧は計り知れない。
    引けない自分と選べない自分が揺れる。

    その時。
    ゾロの手が強く握りしめられていることに気がついた。
    もう一度ゾロを見返す。
    自分が揺れないための決意の瞳と唇。
    それをみて腰のあたりにあったビビリがすとんと足下に落ちて砕けた。

    「人を臆病者呼ばわりする気?冗談じゃない」
    「ナミさん!」
    「ビビだって判ってるわよね。あたし達のしたことはあたし達が決めたこと。だから、嫌だし、嫌だけど、こうなったのって誰のせいでもない」

    どんなことが起こっても。
    行くといったのはビビだ。追いかけて飛び乗ってきたのはナミだ。
    ナミもちょっと震えている。
    だけど、帰れなくて連絡も出来ない今、選択肢は先に進むことだけだ。


    ビビは口がきけなかった。今回の全ては自分が言い出したことだ。この島へ来ることも。この船に乗ることも。ロビンに逆らう形が自分たちをここに連れてきてしまった。それを認めるのは、この事態で認めるのはもの凄く勇気が要った。

    けど。

    ナミはそんなこと何も言わなかった。
    今回の合宿中ずっと心の隅で思ってた。今回のことは完全に自分の我が儘でしかないのにナミは嫌な顔一つせずに付き合ってくれた。ナミを巻き込んだという負い目がとれなかったビビだがゾロをきっと睨んでみてるナミの横顔の綺麗さに思わず見とれていた。

    「ね」
    ナミがこっちに振り返る。
    「ええ。私が 決めたの。」
    女の子達が二人、その頭を寄せて頷きあう。

    「わあったよ。レディーの意志は常に尊重するのが俺のモットーだ」
    サンジが肩をすくめて、ルフィがにやりと笑った。
    それに答えるようにナミとビビが少し引きつった笑顔で笑った。
    ゾロは拳を軽くゆるめた。





    「ルフィの意気込みは判った。みんなの覚悟も判った。くそっ!いい加減にしやがれってんだ!!このポンコツ船が!!今ここでみんな助けらんねぇんだったら俺がけり壊すぞ!せめて!ビビちゃんとナミさんの二人だけでも助けろや!」
    サンジが画面の乗った台を蹴り上げた。大きな音が響いてちょっと身が竦む。子供じみた八つ当たりにも似た行為。サンジらしくないというか・・。

    「なぁぐる眉・・・こっちが本当のおまえだな」
    「ああ?!」
    ゾロが嬉しそうに笑った。
    逆にその顔はイライラする。何言ってやがる?こんな時に?!
    「あっちが偽モンなんだな」
    顎に手を当てたゾロがこっちを感心したように見やっていった。
    何を言ってるのかと背中がぞわっとする。認めてもらったと言うより・・大体普通思ってもそんな事は言わねぇだろ!?

    ルフィが後ろから声に出来ず震えてる俺の肩を叩いた。
    「だよな。先生の前のおめーほんとかっこ悪ぃからなぁ。こっちのサンジの方が俺はずっと好きだ」
    言ってニシシとこれも笑ってる。力が抜ける。この二人はいったい何なんだ?
    「お前ら・・・・・今の状況判ってんのか!?」
    身体が震えた。腹の底から声が出た。思いっきり叫んで腹が立ちまくって頭がヒートしておかしな感じだ。
    なのに力は入りやすい。呼吸がいつもよりずっと楽な感じだ。
    「おおそんな感じ」
    「そうそう」
    「怒りたいときにはおこらねぇとおかしくなるぜ」
    「やかましぃクソ共が!」

    「ま、怒りついでにちょっと落ち着けよ」
    ゾロがぽんぽんと肩を叩いた。
    「んだと!」
    「今はナミがなんか探してるみたいだ」
    そういえばおちょくられている間に女の子二人の姿は見えなくなっていた。ゾロの示す指の方向に懐中電灯が揺れて小さい影がいる。
    「なんなんだ?」
    「何かはあいつらしか判らん」



    「ナミさん?ビビちゃん?」
    サンジが影に近寄ってそっと声を掛けた。疑問は大きいが邪魔はしないようにと声が小さくなる。
    「うん待っててね。いっそ違う方法を考えるとかできないかと思って」
    「違う方法??」

    操舵室の隅っこの床に二人座り込んでいた。暗い部屋で手にした懐中電灯の細い明かりを手にナミがごそごそと書類を引っ張り出してきてる。真横のビビも片付けては取り出して、書類とにらめっこしている。
    「そっち判る?ナミさん?」
    「うーーーんとここをいじったから・・あ。ここか。それで・・」
    「どうしてリセットできないのかしら?」
    「うん。ポイントはそこよね。いっそ全部をリセットできれば島に戻るか、ラフテルに再設定しなおしができるかなーーーと思うの」
    「うん」
    「で、そのスイッチか基盤とかは・・・・・・・あった!」
    「あったの!?」
    「ほら!」
    ナミの得意そうな声にビビは疑問を抱かずにはいられなかった。
    「え??こんなところに??」





    窓の外の音は船内にも響いてる。
    「本当にあるのか?」
    ルフィが聞いた。
    「って書いてあるのはこの説明書でしょ?」
    強制終了のスイッチが船の外にあるという。
    「なんで外なんだ?」
    「あたしがしるか!」
    全員の頭がナミに覆い被さるように集まった。書類を見てもちんぷんかんぷんなところもいっぱいある。この暗い中で良くまぁこれだけのものが見つけられるとは。
    運はそんなに悪くないかも。

    「でもやってみるならこれでしょ。ダメモトよ。けどうまくいったらみんなに貸し一つね!あたしは高いわよ!」
    ナミは意識して明るめの声を出した。






    サンジがガチャっと戸を開けた。思ったより雨は小止みだし風も弱まっているように思う。それでもこんな時に外に向かうのは勇気が要る。
    ナミはナミで(あんた達で行ってきて)そう言って逃げてしまいたかった。
    けど何度説明しても判ってくれないし、とナミは諦めた。重いドアを押して最初にゾロとサンジが出て行く。続いて黙ってウソップが行く。ライフジャケットの紐を締めてビビに借りたパーカーの帽子も被ってナミは最後に外にでた。
    サンジとゾロが言われた領域をそれぞれ懐中電灯でてらしてる。ビビと泳げないルフィは背が届かないからとキャビンに残された。

    暗いし、濡れた甲板を踏みしめながらサンジとゾロとウソップは言われたポイントをそれぞれ探している。ナミは指示係として全体が見えるように船の甲板の中程に立っている。
    「こっちにはないぞ」
    「困ったなぁ?ここもないみたいだよ?」
    暗い上に捜し物の形も良く判らない。作業は難航する。
    「その下ーーとかにあっても良さそうなんだけど・・」
    ごうっと船の周囲には強い音がする。

    「ナミさん!風に気を付けて!」
    「大丈夫!」
    キャビンから声を掛けたビビに手を振ってナミが答えた。その瞬間どうっと大きな大気の圧力が横から増した。
    大気の乱れが嵐を呼ぶ。空気の渦がほの暗い非常用電灯の光を受けて揺らめいた。

    「風っ?あんたたち捕まって!」

    ナミの声を受けて皆で姿勢を低く固める。
    風がごうっと勢いを増した。螺旋を描いて船に襲いかかる。竜巻のように大きい訳じゃない。だが船の半分を通り道にした風のうねりは風の道筋にあるもの全てを跳ね上げる。
    更に、反対から来た船に乗り上げんばかりの大きな波。

    いきなりのバラバラな衝撃に安定していたはずの船が大きく揺れた。
    サンジもゾロも自分の側の手すりを掴んでしゃがみ込む。

    「きゃぁ!」
    同時にナミに風と波と揺れがナミを襲った。軽いからだが巻き取られる。
    「ナミさん!??」

    甲板を走る足音がして、その後何かが落ちた音が続いた。







    突発的なごうごうと唸る風が去り、揺れは戻った。
    波はわきから軽く船をうち続けるだけになった。


    ナミの声は聞こえない。
    手を振る姿もない。

    ビビは上体を起こした。
    「ナミさん?」
    呼びかける。返事をして。

    外へのドアを開ける。
    「ナミさん??!」
    「どうしたーービビちゃん!?」
    外からサンジの声がする。
    お願いよ。いつものように笑った声で答えて。

    駆けだそうとしたらもう一度波が甲板に乗り上げた。
    「ビビ!ダメだ!」
    「ナミさぁん!!!」
    ビビの悲鳴が船内を響き渡った。




    闇の中。ナミの姿は海中にさらわれていた。











    「ビビ?!」
    「出てきちゃダメだよ!」
    ビビは開けたドアから黙って駆け出した。甲板の手すりにつかまって闇の中を覗き込む。飛び込みそうな勢いできょろきょろと。何も見えない闇の海。
    「待てよ!」
    後ろから四本の手がビビを絡め取った。
    「落ちちゃうよ!」
    「どうする気だ!?」
    「ナミさんが!!ナミさんが・・!」
    その言葉に三人が青ざめた。最後に駆けつけたウソップは手すりをしっかり握りしめた。サンジも首を伸ばして海中を見た。
    「見えるか?ルフィ?ウソップ?」
    息を凝らして探しまくる。
    「・・・・見えねぇ!くらすぎるぞ!」
    「ナミさん!!ナミさん!!」

    がたん。
    また船が大きく揺れる。風もごうごう唸ってる。

    「ダメだ!ここにいたら全員ダメになる!ルフィ!一緒にビビちゃん引っ張れ!」
    「おう!」


    泣きながら慌てるビビを三人がかりで押さえながらとにかくキャビンに戻った。
    風に逆らって閉まったドアの音が大きく響く。

    「ふう・・」
    ルフィが濡れた頭をぶるぶるっと振った。
    きっとビビが真っ赤になった面を上げた。
    「どうして!?どうして!?」
    サンジがあやすようにビビに説明を始めた。
    「だってビビちゃんまで・・」
    「ナミさん!ナミさん!!」
    ビビは興奮して手が付けられない。サンジの声も届かない。
    「ビビちゃ・・!」

    パシッッッ!
    「ルフィ!」

    ビビより小さいルフィがビビの両頬を思いっきり叩いていた。
    「お前、うるせぇよ。誰も助けたくないわけねぇだろ」

    頬は最初痛くなかった。ゆっくりとゆっくりとじんじんしてくる。
    じんじんが広がって、痛いと感じたときにはビビの興奮は少し吹き飛ばされていた。

    「判ってる!判ってるわサンジさんもルフィさんもウソップさんも悪くなんて無い!私が・・・・!」
    「おい・・」
    「やめろ。そんなこと言ってもはじまらねぇ」
    「お・・聞け!」
    いきなりウソップの声が響いた。

    「ゾ・・ゾロも・・・いない」
    「ええ?」
    「あんのクソマリモの馬鹿野郎!」



    空と海の狭間で-24

    2007ナミ誕 空と海の狭間で ] 2007/08/19(日)
    影が黒というより深緑に見える非常灯だけが点いている薄暗い船の中は、まるで音が切り取られたようだった。
    誰もいない空間で、むしろ自分すらいない空間にいるような感じがする。
    膝をぎゅっと抱え込んだビビは周囲など見ていない。自分の奥深くに沈み込んで這い上がってこられない。
    サンジがやはり発作的に飛び出そうとドアを開けて、また閉じる。なにもできない事ばかりが刻み込まれる。
    そんな彼らの動きを他の二人も見ていない。
    ルフィはきっと自分の前方を睨んでる。視線の先には何もない。ただ静かに怒ってる。
    そんなルフィの横にいながらウソップは逆にどこも見ていない。うつろな視線だ。
    4人とも声もなく、何も見ないで床に座ってる。

    その間にも船はぎいぎいと操舵輪を回しながら漂うまま進んでる。
    時々揺れても気力を失った彼らにはもう何もできない。





    誰も口を利く気力のない中で、ルフィがただ一人暗闇の中、操舵室のロジャーの額を見上げた。
    ふと、である。
    だが何かに呼ばれたような気がしたのだ。

    ロジャーの額には文字しか書いてない。直筆だというそれは太めのペンで書かれたゆったりした文字だ。
    読みやすいところと読めないところが重なっている。表題にもされている『諦めるな』という文字の他に『海は生命の源、皆が帰るのだ』とも書いてある。

    ルフィはそんな文言を読んではいない。ルフィが見ているのは字ではなかった。
    だがじっと吸い込まれたようにルフィは額を見続ける。何かに捕まっているかのように。何かを見ているかのように見える。


    ルフィが両腕を頭上にあげた。
    そしてぷるぷると手と頭を振った。
    「ぅおっし!」
    生気ある力のこもった声が船内に響いた。その振動に揺すぶられるように三人は我に返った。ルフィの声のした方、額の前に向かう。
    「ルフィ?」
    「おう!心配すんな。あいつら、きっと何とかなってる」
    両手はあげたまま、いつもの顔で笑いながら振り向いた。
    声もいつものように軽い。今、この場を支配している空気に不似合いなほど軽い。

    サンジはその笑顔をみてこみ上げる怒りをこらえるのに必死だった。が、無理だ。
    「勝手にくだらねぇ気休め言うな!」
    「なんでだよ、ゾロが一緒ならナミも大丈夫だろ?」
    「何でおめぇはなにもわかんねぇくせにそんなこと言ってんだ?この嵐だぞ!そうじゃなくてもバラバラに落ちた可能性の方が高いだろうが!」
    襟を締め上げながら詰め寄るサンジにもかかわらずルフィの顔は今も笑顔だ。
    けど、さっきとも違うがいつもとも何となく違う。本当に揺らぎのない笑顔だ。

    「俺の勘!でも大丈夫だ。」
    「何が勘だよ!あのマリモがナミさん追っかけるか?」

    「だってあのゾロだぜ?」

    ルフィは何か知ってるみたいにニコニコしてる。
    確かに、そこは嫌と言うほど判ってる。あのマリモ頭は事の後も先も一切考えないで動く男だ。ルフィと同じレベルにものを考えない男だ。

    「ルフィさん・・・」
    「だってよ俺たち、まだガキじゃん。だから誰かが助けてくれるようにできてるんだと。ナミがしんどいときにゾロが行ったんならそれできっと何かなってるはずだ」

    脱力感という物をサンジは初めて経験した。
    ルフィの上着を締め上げながらも今のこいつに何を言っても無駄だと判ってしまう脱力感。
    馬鹿と言い続けてもこっちの予想と全然違うところでするりと動いてしまう男への脱力感。
    こいつら、絶対、絶対ただの馬鹿だ!



    普通に考えればそんな甘い展開を期待できるはずもない。だが皆ゾロのことは何となく判る。
    三人は言葉もなかった。だが正気に少し戻ってる。視線を合わせることは辛いけれどできた。そうなって初めて少しだけ互いに話す余裕ができた。
    ビビはキャビンの隅に座った。サンジもその反対側の壁に背を預けている。

    「まぁ・・二人ともライフジャケットはちゃんと着てたし、大丈夫かもってことも・・・」
    それでもサンジの本気じゃない呟きもビビの心を明るくしない。
    現実と自分の心の中をどうしても、認めたくなくて一度絡んだ互いの視線はまた空回りする。






    外の雨は止み始めてる。

    ルフィが船室の方に降りて行ったのに続いてビビも降りた。ルフィはソファにごろんと寝転がりながら足を組んでる。

    気づくとビビはドアの前に立っていた。
    甲板に出ると恐くなりそうで、でも出口から離れられない。だってドアを開けたらナミさんが立っててくれるかもしれない。

    ナミさん。
    一人になっちゃいけないって判ってる。一人では考えても考えてもダメになりそうになる。

    ナミさんが死んでしまったら・・・考えたくないけどその考えに憑かれてしまう。
    どうしよう、わたしがこんな所に誘ったからだ。
    来たのは自分が決めたって言ってくれたナミさんだからって、私がいなかったらこんな所には来なかった。


    けど私も死ぬかもしれない。
    そうしたらもうパパに会えない。パパに内緒でこんな所に来て、そして会えなくなるままなんて、嫌だ。
    テラコッタさんにも。学校のお友達の顔も遠くに浮かんでる。

    でも。それよりももう一つ。もっと強く浮かんでくる。
    私の手で突き倒してしまった。
    倒れて、血を流して、必死に私たちを止めていた。
    私の言葉に驚いてた。
    なのにごめんなさいって言えなかった。

    言われていることはいつも正しいのに、どうして自分はあの人を見ると胸が苦しくなるんだろう?
    苦しくて死んでしまいそうに感じるんだろう?
    口からだそうと思っても、絶対に出ない言葉がある。

    (・・・・・・・・・)




    「顔」
    「え?」
    「まーたブスになってる」
    「ルフィさん・・・」
    ソファに転がって目も閉じていたと思ったのに、ルフィの黒い瞳は最初と変わらない色でビビを見つめていた。
    「今は・・今は何かするときじゃねぇ。待つんだ。信じろよ。必ず助かるって。俺たちも、ゾロもナミも。助かることを忘れたら嵐にも勝てねぇ」

    どうやったらそんな自信が身につくのだろう?
    まるで歴戦の戦士のような強い心だ。
    信じている強い瞳。
    こんな気持ちでいるとちょっとだけ寄りかかりたくなる。








    上からサンジとウソップが降りてきた。
    ウソップの心の中には嵐が吹いていた。

    多分ゾロは・・でも確かに見ていないから自信がない。
    自信が無くて言えない。

    それよりも大きな絶望がウソップの心を責めている。
    謝りたかった。
    今はいないナミに。そしてみんなに。謝ればその罪を認めることになる、それが恐い。だが、謝りたかった。謝ったら、楽になれるような気がしてた。本当はそんなに簡単じゃないのも判ってる。
    「ご・・ご・・ごめ・・・お、お、お、俺が・・・あ、あのコードにさ、触ったのがい・・いけなかったと、おと、思う。」
    「ウソップさん?」
    「ご・・ごめ・・・・であ・・あや、まりたかっったけど・・お俺を・・責めるなら俺を・・・」
    「ウソップ?」
    ぼろぼろ鼻にまで流れ込む涙と、回らない口に涎が絡む。
    自分の罪を、口に出すことは恐い。

      恐い。  何がなくても恐い。

    自分がないから恐い。
    自分に自信が無いから怖い。


    けど。いわなきゃ。
    謝らなきゃ。
    「す・・すま・・。おでのせいで・・」

    「コード?」
    頷きながら涙ながらに説明を口にする。

    「それ・・違うぞ」「違うわ」「違う」
    返ってきた三人の声は同じだった。

    「え?」
    てっきりおまえのせいかと怒って責める辛い声が来ると思ってたのに。

    「なんでだ?その後も船はずっと走ってたろ?」
    「雷もあったし。それにそうなら抜いたのルフィじゃんか。自分ばっか責めるなよ」
    サンジとルフィは肯きあってる。ビビはそっとウソップの側に来た。
    「ウソップさんも・・自分ばかりを責めてたの?」
    優しい声にはビビの苦悩が見て取れた。ビビも自分を責めてたのか?


    「誰もんな事思ってねぇよ」
    サンジが取り繕うように言葉を繋ごうとしたならルフィがそれを奪い取った。

    「誰のせいでもねぇよ。仕方ねぇじゃん」

    ルフィがくるりと振り向いた。
    「じゃあなんだ?俺たちって何かの病気とか問題抱えてるよな?それって誰かが悪ィのか?誰か責めたら治ンのか?」
    ルフィは自分の帽子を手にとってくるくる回した。赤いリボンの脇がほつれてそれを縫い直した後だけがぼんやり目立つ。
    「後からあーすればよかったのにとか自分のせいだって言うのって、言ったモン勝ちだ。ずりぃじゃねぇか。
     同じ事家族に言われ続けてみろよ。嫌になるだけだ。だって本当は全部誰のせいでもねぇんだからな」
    言いながら大きなネコのように肩を伸ばしてる。ルフィはそのまま椅子の上に移動した。うつぶせになってニヤニヤ笑ってる。

    「だからこの話はもうナシだ。ゾロとナミのことも心配すんな。なんとかなるからよ。ロジャーの海は人も運ぶって言ってたし!」
    「なんだ?そりゃ」
    「『ロジャーの海は運ぶ』つまり不思議海だってさ!」

    ルフィはそう言ってソファに仰向けにひっくり返った。ごろんと本当に寝入ってしまいそうな静かな呼吸をしている。



    誰でも過去のことは変えられない。後からああすれば良かったと思うことはいっぱいあるけど、自覚はなくともそれを自分のせいだと口にするとした人は楽になる。自己犠牲の快感は甘いから。

    ウソップは母に言われ続けていた。
    サンジには祖父の背中にそれを見た。

    言われ続けていた自分が辛かった。





    サンジはぼりぼりと頭を掻いた。肩を回してゴキゴキ言わせている。拳骨を作って軽く握る。軽い力でルフィのおでこを小突いた。
    「こいつってば馬鹿なのか賢いのかときどきわかんなくなるな」
    小突かれたルフィはニッと笑った。ビビは思わず吹き出しそうになってそれを危うく止めた。不謹慎だと思う。それでも笑いが浮かんでくる。
    三人、互いに目をあわせた。

    「でも私、まだとても不安、です」
    「ええ、俺も」
    「お・・おれ・・も」
    「ナミさんのこともだけど、もしかしたら私達だっていつでも・・」
    「ビビちゃん?それは今は無しだよ?」
    あやすようなサンジの声が身にしみる。
    「そうですね。」
    「俺たちが今出来ること、考えよっか」



    空と海の狭間で-25

    2007ナミ誕 空と海の狭間で ] 2007/08/21(火)
    絶望の中。腹の底からくすぐるような良い匂いがした。
    姿を見せなかったサンジがトレイを手に現れた。
    「ほれ。お湯ならまだポットに熱かったからな。」
    ルフィに、ウソップに、そしてビビにと湯気の立ったカップを順に渡す。
    「ありがとう」
    「あちっ!」
    「うめーー!!」
    冷え切った気持ちも部屋も灯りがついたような気分に両手の中のココアはしてくれる。
    ビビは一口含んだ。 暖かい。
    「美味しい?」
    「うん・・・・・」
    ビビは無理に作った笑みを自嘲気味に曇らせる。
    「無理になら、いいんだよ?」
    こんな事態で何も出来なくて、女の子なら食べられない方が当たり前なのかもしれない。

    ビビは寂しい笑みを唇に乗せた。
    「違うの、本当に思ったのよ「美味しいな」って。そうして気がついちゃった。ナミさん達がこうなのに、私はこのココアを美味しいと思うし、サンジさんとも会話してる。ルフィさんの話を信じたふりの、自分が良かったらそれで良い本当はとても悪い子なんじゃないかって」
    「・・・ビビちゃんは悪くないよ」
    「そう言ってくれるって判ってるからサンジさんに相談してるし」
    手の中のココアの液面がゆらりと揺れている。震えると言うほどではなく、ただ揺れている。
    「体がダメになっちゃうくらいの気持ちをお友達の危機に持てないなんて。最低なただの子供。我が儘」
    サンジは黙っていた。で、ビビはサンジを見上げた。

    「サンジさんのは?」
    「俺はもうあっちで飲んできたから。」

    軽く笑ってサンジは飲めとビビに手真似をした。ビビはじっとサンジの目をのぞき込んだ。すっと正面に立つとカップは脇に置いて少し大きいサンジの口元に顔を寄せた。そよぐように寄せられたビビの身体にあっけにとられたサンジは身動きできなかった。
    「・・・・・・・・・・嘘。匂いがしない。」
    「・・え?」
    ビビはサンジの口元の匂いをかいだのだ。
    「ええ??」
    「ココアかお湯が足りないのなら私と半分こしましょ?美味しくて力になる、サンジさんが入れてくれたモノなんだから分け合わなきゃ駄目です」
    「イヤーービビちゃんありがとうね。けどお代わりならできるよ?」

    顔の真側に無意識に近づいたビビの顔にドキドキしながらサンジはうろたえ、ごまかした。だがビビの不安と相手をいたわる叱責を含んだ瞳は揺るがない。困り果てて後ろに下がるように顔だけは離してあきらめたようにサンジは微笑んだ。
    ちょっとこっちに来てと廊下に手招きする。
    あまり、ルフィ達には聞かせたくない。


    暗い一画でも慣れた目はサンジのくらい表情を捕まえる。
    「さっきの話・・心の辛さを体に背負わせる奴の方が弱いんじゃないかな?」
    「え?」
    「ビビちゃんは、自分が倒れちゃいけないって判ってるから体も頑張ってるだけだよ。反対に俺はダメだな」
    「そんなこと!」
    言ってみて気がついた。サンジはビビに言葉を挟ませまいと話し続ける。
    「俺はものを食べれない」
    「うん。この島に来てからもサンジさんほとんど食べてない。それじゃだめよ」
    サンジの目が大きく開いた。その顔をビビは真っ直ぐに見つめ続ける。サンジは面を伏せてビビの横に座り込んだ。
    「・・・・見てた?」
    「見てました」
    「俺、そんなにかっこいい?」
    煙に巻こうとしたサンジの言葉はビビには通用しない。
    もっと真っ直ぐに見返してくる。

    「ちゃんと食べない人のどこが格好いいの?」

    真摯な気持ちが少し潤んだ瞳がうっすら赤くなっていて判る。
    「・・・」
    「怒ってない。ただ心配なだけよ。うん。私が間違ってる。サンジさんが言う方がきっと正しい。私達はちゃんと食べて力にしないとダメなんだわ。 だからこれ、私と分けよ?」
    まだ湯気の立つカップを一口だけ口を付けてそれからぐいっとカップを前に押し出した。
    そんなビビを見てやれやれと肩をすくめる。そして人差し指を一本だけ立てた。
    「しーー。内緒だよ。俺本当に食べらんないの」
    「え?」
    「心の病気なんだって。原因もわかってないくせに医者ってのは偉そうだよな。拒食症ってやつの一種らしい」
    「え?」

    「俺、旨いって事が判らない。いや、作る側としてみんなが好きそうな味はわかるんだ。そっちはこれがまたギリギリのバランスまで取れる。俺は一流のコックになるんだから簡単なんだよ。
    けど、旨いって体験は味が解るって事とは違うんだ。

    俺はモノを喰って自分が旨いと思ったことがないんだよ」

    口の端の笑みはいつもの通りなのになぜだか瞳は寂しげだ。おじいさんが高名なコックさんなのに、それも美味しく食べられないという。

    心をいくら砕かれても美味いという感情が判らない。それなのに跡取りとしての期待を裏切ることとがどれだけ自分の心に重かったのか。軽い口調と厳しく仕込まれたマナー。客のために自分の心を装う。
    彼自身の価値はそんなところにはなかったのに子供に強いた生活は子供の成育を歪ませた。料理人にならないと自分の価値はない そう思いこんだ子供の末路など。それは静かにビビの心に伝わった。サンジは壁に背を預けて続ける。


    「医者の言うところによると舌に異常はねぇ、頭も大丈夫。だから心因性だとさ。ふざけんなってーの」
    「心因性?」
    「ご高名な医者によると心の病だそうだ。俺のチビん時の両親の愛がたりねーとか、チビの時からコックとして鍛えたのが虐待になったんだろうとか。確かに爺いん所に行ったきっかけはそうだったみたいだけど覚えてないしね。爺いん所で遊べと言われても全くピンと来ない。
    環境が変わっても変わらないから、逆に医者の奴は爺いん所の子供らしからぬ家庭環境がどうとか言いやがったんで顔のど真ん中に蹴りをくれてやった。ら、それはそれでまた爺に迷惑を掛けたみてぇだ」
    サンジの自慢のキックならそれはさぞ痛いだろう。

    「迷惑掛けたくなかったのね」
    「俺みたいなガキを引き受けて育てるって事は簡単じゃないって事は判る。なのに遊べ遊べと言うんだ。
    ま、そのぶん「穀潰し」だの「居候」だの言われ続けながら家の手伝いはさせて貰ってる。しないと俺が可笑しくなるんだよ」

    少年時代が存在していない と言うのがサンジに付けられた診断だ。
    躍起になって仕事を全て取りあげられたら今度は反対に鬱になった。
    何もする気にならない。
    子供の好きなテレビやゲームどころか食欲もない。学校はもともと嫌いだったしただぼんやり座り込んで一日が過ぎてゆく。
    誰の声も心には届かず、目にも映らない。貝のように押し黙って何も動かず過ぎてゆく日々に根負けして祖父は再び包丁を握らせてくれた。だがそれを握る力を取り戻すのも何ヶ月もかかった。学校は行かずに家にいて店の手伝いをするようになった。


    サンジの言葉からお爺さんへの思いが溢れてくる。そのおじいさんは厳しくて、温かい人なのだろうと思える。サンジはそのおじいさんが大好きなのだ。なのに。肝心の味が。

    「だから俺の料理『巧い』よ。けど俺自身は全然いらねーの。無理すると吐くこともあるしね。
     ま、俺の問題なだけだからビビちゃんにはきちんと飲んで欲しいよ。この味もちゃんと、『旨い』だろ?」

    カップの湯気の間からビビの両目から滴がぽとんと落ちた。これに比べたら、自分はなんて健康で、恵まれた家庭環境なんだろう。
    身体は元気だ。食べれなかったことなんて無い。パパもいる。テラコッタさん達もいる。それに・・半分だけど姉だっている。
    ナミさんのことを考えると今でも可笑しくなってしまいそう、なのに考えないで居ることだって出来るくらいの利己主義だ。

    「うわっ!ビビちゃん!泣かないで!俺、どうしよう?」
    ビビの鼻の頭がうっすら赤い。顔をきっと斜め上に向けてもう涙がこぼれないように唇を絞めた。
    「ビビちゃん?」
    サンジの顔をにらんで、それから一口、カップの中を飲み込んだ。
    甘くて。温かい。

    「美味しいわ!そうよ、これは美味しいの!
    サンジさん、美味しいモノは誰か他の人と半分にしないと駄目なの!独り占めは駄目なの!死んだ私のママはそう言ってた!」
    まるで小さな神様のよう。
    「持ってる物は分けっこが良いの。だから、はい!これは貴方の分よ!無理にでも飲むの!」

    目は真剣そのもので、腕をまっすぐ伸ばして差し出すビビにサンジは苦笑した。

    普通なら相手が誰でもやんわり断るか、嫌な相手なら一睨みで片付けてきた。だが彼女があまりに真剣だからだろうか。自分の話に同情されたとは不思議に思わない。まっすぐな娘。芯からまっすぐな故に曇りもなく嫌みもない。
    負けたというより勝てないと思った。と同時にその心が嬉しい。なんだか尻の辺りがもぞもぞする。サンジは頭をかいてビビの目から少し視線を逸らして手を伸ばした。

    「はい。貴方のおっしゃるままに」

    貰ったカップをゆっくり口の寄せてほんの少しだけ喉に流し込む。
    誰とはなく祈らずにはいられない。せめて。ほんの一口。ビビの思いの分だけでもいつもみたいに吐き出したりしませんように。

    カップから口を離して、サンジは口を閉じたままカップを下ろした。
    少し大きくなりかけている喉頭がごくんと上下に嚥下した。

    もう一度、黙ったままカップを両手に取った。手からもそのぬくもりを味わうように。
    そしてもう一口のためにカップを引き寄せた。

    ビビの目は大きく見開いていた。口に含んで嚥下したサンジはカップの中身から目を離すことができない。
    舌の上から喉の奥へ熱い液体が流れてきた。
    温度は判る。香りはココアのインスタントで薄いけど嚥下されたそれもそれはそれで結構臭いが残ってる。
    甘み。そして苦み。これはさっき落ちたビビの涙の味なのだろうか?



    「・・・・・・・・・・これなんだ?」


    サンジはぎゅっと両手にカップを抱えていた。
    もう一度口の中に残るココアを飲み下す。
    自分の中に入り込み、力になるような暖かさ。
    目が潤んでくる。

    「判る?」
    おそるおそるビビは聞いてくる。
    「初めて判った気がする。」
    「ほんとう?」

    ビビは涙を浮かべながらにっこり微笑んだ。
    サンジの両の視界も同じようにうるんでゆがんでいた。

    「よし、こんな旨いモンならある限り作ってやるよ」
    「手伝いましょうか?」
    「ううん、出来たら呼ぶから。ビビちゃんはあいつ等を見ててやってくれる?」
    「ええ」

    走っていくビビを見送ってサンジは床から立ち上がった。
    舌の上よりも心が感じてる。
    今も本当の味のうまさなのかはわからない。更には他の食べ物が同じように旨いと感じるかどうかなんてもっと判らない。
    それでもココアは温かく甘く吐き出すことなく喉を通った。簡単に治る訳なんてない。今だからたまたまそう感じただけかもしれない。
    けど、さっき飲んだあのココアの味だけは一生忘れないだろう。











    船の揺れは少し静かになってる。

    ウソップは一人そっと上に登った。
    明かりを落とした暗い操縦室の大きなわっかが影絵のように右へ、左へとゆっくり回ってる。
    船の揺れは止まったらしくその動きも今は落ち着いてる。それにそっと手をのせる。今は出航した時みたいにゆっくりと動いてるだけだ。

    辛い気持ちが少し減ってる。自分の思いを口にしたら誰も自分を責めなかった。絶対怒られると思っていたのに。
    それどころかルフィは信じてくれた。自分と同じ所にいてくれた。サンジもビビも。

    そうして気がついた。みんな自分が悪いと思ってて口に出せなかったんだ。そんな不安を出した自分が先に楽になってる。
    こんなの今までとは正反対だった。
    皆の気持ちを判る。
    今までにないことだ。判ってもらえないと思っていたが自分も他人を判ってなかった。

    一人じゃなくて皆といること・・漂流は恐いけど、もの凄く恐いんだけど!思っちゃいけないんだろうけど、こんな冒険も悪くない。



    ぎいいいいと輪は回ろうとする。
    輪越しに暗い海が見える。
    「?」
    その先に何か見えた気がした。
    ウソップは実は遠視の傾向がある。遠くはよく見る自信があった。ちらりと光った様に見えた物は徐々にはっきりしてくる。けぶる海の向こうに確かな光が見えた。光を背負った丸い影が見える。

    ウソップは慌てて壁に向かって走り出した。非常用の発煙筒の場所は自信があった。ぱちりと蓋を跳ね上げて全部のを取り出した。まず打ち上げ型の発光筒を掲げる。窓から外に向かって花火を上げるように打ち上げた。そして残りの持続型の筒を集めて一部を発火させる。一本を片手で窓の外から振り続ける。

    そして思い切り叫んだ。


    「船が見える!船が来たぞ!!」



    空と海の狭間で-26

    2007ナミ誕 空と海の狭間で ] 2007/08/23(木)
    来たのは見たことのない小さな船だった。
    「おめーらーー無事かーーー!!?」
    ライトを煌々と照らして小さな割には機動力のある船だ。中からフランキーとその仲間のザンバイが大声で呼びかけながら手を振っていた。こちらも甲板に出て大声で騒ぎ立てる。灯りの付かない今、4人にはそれしか思い浮かばなかったのだ。

    「フランキー!たすかった!・・・けどなんでここがわかった?」
    サンジの問いにフランキーはにやりと笑って軽く握った大きな手の拳骨をサンジに一発落とした。
    「こいつらは親子みたいな船だからな。独自の電波を出させてる。それは電気系統も別にしてあるからな。おめぇらの足取りなんて全部見えてた。途中航路からもずれてって冷や冷やしてたけどな。それでもよくぞこの船にのってってくれたと思うぜ」
    拳骨は軽いのに重くて痛かった。だが今はただありがたい。
    ウソップも一発喰らった。ちょっと痛くて潤んだ目になったけど嬉しさが溢れてくる。
    ルフィは二発。
    「何で俺だけ二発?」
    文句を言ってもフランキーは取り合わない。

    「ビビッ!無事なの!!!」

    ロビン先生は真っ青で、それでも真っ赤に充血した爛々とした目で二つの船を繋いでいた縄ばしごから飛び込んできた。
    いつも冷静に落ち着いて、しつこいくらいのビビの挑発にも表情一つ崩さない彼女にしては想像も付かないしおれ具合だった。
    彼女の真っ白な両手はビビの両手の肘の上のあたりをぎゅっとあらん限りの力で握って離さない。爪どころか肉まで食い込むかと思いその痛みを感じながらもビビはロビン先生の半端じゃない迫力になされるがままで何も言えなかった。他の誰よりもまずはビビが答えるまでその手は離さない。


    初めて名前を呼んだ。

    ロビンが、ビビと名を呼んだ。
    はっきりと、でも震える声で。

    ビビはこの相手に安堵したのか自分でも良く判らなくなった。
    膝の力が抜ける。心の力も抜けてくる。けど今はそんな場合じゃない。
    自分の中から言葉をつかみだそうとしたら涙のほうが目より先に鼻からこぼれてくる。
    捕まれた腕の痛身を伴う確かさに今、ビビはすがりついた。

    「ナ・・ナミさんが・・海に・・飲み込まれちゃっっ。私の!!私のせいで・・・!」
    「何ですって!ナミちゃんが?」
    ビビの泣き顔を覗き込んだロビンは視線をあげて外を見て、又ビビを抱いた。
    「ナミさん・・途中で高波が来て・・それから・・」
    「ゾロもいねぇ。同じ時に多分」
    サンジが横から答えた。
    「呑まれたのね・・・・・・二人バラバラに?」
    サンジとビビは顔を見合わせた。どうしよう。わからない。

    「ちがう、ゾロはナミを追いかけて飛びこんでった」
    ウソップが、今までとは思えない流ちょうな口調で説明しきらない二人の言葉を繋いだ。
    「俺は見たよ。ゾロはナミが落ちたのを見て、側に転がってた浮き輪を抱えて飛び込んでったんだ」
    「ウソップ君・・・・しゃべってるの?」
    ロビン先生はぽかんとウソップの顔を凝視した。そしてすぐに眉を顰めて船内を見渡した。見えるのは子供が四人、居るはずの子供が二人足りない。
    言われたウソップははっと気がついたようだ。確かに自分は今ロビン相手に喋っている。今までにない澱みのなさで。

    「お、俺?・・・え??!は、話せてる!?」
    ウソップは呆然とした途端に少し戻ってきた。だが口から出る言葉は以前より明らかに流ちょうだ。
    「そのままでいいわ、事態を説明して」
    今度はしどろもどろに。突っ込まれる度にドキドキして舌は固まったら今度はサンジが助け船をくれた。






    「やっぱ航路の指示がずれてるな。灯りもぱぁ。何がどうなったのか順番に誰か説明できねぇか?」
    フランキーは大きな眼でぎょろっと睨み付けるが誰も口を開かない。
    少し仕組みの判るウソップだが今は言葉と心が混乱してまだ説明は出来ない。サンジとルフィは機械は判ってない。ビビは泣くばかりだ。でもとりあえずとルフィも含めて野郎3人顔を見合わせてはしどろもどろと経過を追って説明を始めた。


    「とにかく。雷にあったみたいで制御が利かなくなって。色々いじってしまって余計に判らなくなって最後は外のスイッチ盤にまで手を出した のね?」
    「何とも無意味に行動的なガキ共だな」
    ビビを抱えながら話を聞き出していたロビンも、後から船と船の固定をしてずぶ濡れになった雨具を脱いだフランキーも頭を抱えた。
    タオルで手を拭いて水滴が機械にかからないようにしてフランキーがパネルをぱちぱちいじり始める。船内の、船外のと一通り見て回ってすぐ戻ってきた。
    「ここも切ったか・・・・ああこれは無理だ。ほれ、これでどうだ?」

    船にスイッチが入り始めた。ブゥンと音がして電気が一斉に点いた。発動機にはブンブン作動している音がする。動き出した機械の音がする。
    何より明るくなった。
    「さ、サニーが・・い、生き返ったみたいだ」
    ウソップの呟きは皆同じ気持ちだった。

    「ちょっとまだ、いかれてるとこもあるな。まあお前らが触ったからと言うよりああーー受信用のとジャイロが!!おめぇら、いじったときに逆位相の負荷なんかこいつらに掛けたな!」
    いきなり怒り出したフランキーに3人は首を横に振った。
    知らない。そんな難しいこと言われたって俺たちに判るもんか。

    ロビン先生も画面を睨んでる。スイッチ類に手は出さないがかなり機械のことも飲み込んでいるみたいだ。
    「このまま移動は可能?」
    「明視下なら航行は何とかな。けどこの船だけじゃ地理も海図も把握が出来ねぇ。オールジャクソンの認識も出来てねぇみたいだからこのまま迷子になったらアウトだ」
    「そう。じゃぁ、このままじゃ捜索どころか帰れない?」
    「うーーん。人間で言えば脳のあるところ・・システムの基本がいかれてる。けどこれは乗ってきたオールジャクソン号とつないでそれから壊れたデータの入力だな。つくづくあいつに乗ってきて正解だったぜ」
    「かかる時間は?」
    「朝までにはなんとかしてやるよ。それで帰るんだ」
    低い音が響いてサニー号が止まった感触がした。




    フランキーがもう一度向こうの船から工具を持ち込んだ。一緒に向こうのデータも持ってきたらしい。
    外の雨風は止み始めている。風の音が気にならなくなってきた。雨足は早いようでここは降ってない。
    外の暗さと対称的に点灯して明るくなった船室だが空気は暗い。

    ルフィが大男のフランキーの前に立った。立って見上げると二人の差は倍くらい。体格がずば抜けて大きいフランキーの益々その偉容がくっきり映る。そのルフィをちらりと見ただけでフランキーは工具箱と小さなコンピューターを繋ぎ始めていた。
    「なあ。朝までこのままなのか?」
    「ああ。今は船を停止させた。エンジンはそのままだがな。もっとも早く治ったところで、夜に航行は無理だ」
    フランキーがボックスの蓋を開けてコードを取り出した。コンピューターに一部繋いでみる。
    「その後帰るのか?俺たち島には行けない?」
    「無理だな」

    ルフィは真っ直ぐフランキーを見上げていた。
    その視線の強さに作業中のフランキーはルフィの方を見た。
    「なぁ、フランキー、お前ナミとゾロ、助けにいかねぇの?」

    がちゃん!
    フランキーの手元でいじってるキーボードが落ちて、足下にあった工具がひっくり返った。画面は揺れたりしなかったが、手の中の道具を振り回して割れんばかりの勢いでフランキーは雷を落とした。

    「あのなぁ!ガキが勝手ばかりを抜かすな!!行かねぇんじゃねぇ!行けねぇんだ!船もダメだしあいつらが今どこで浮いてんのか沈んでんのか、それも判らないんだぞ!もし行ったとしてあいつらの真横を通り過ぎたって、今の俺たちじゃわからねぇ!もし死んじまってて浮いてるだけだったらもっとだ!手も振れねぇあいつらをこんな闇の中でどうやって見つける気だ!」

    「フランキー!だめよ!子供達の心の蓋をこじ開けないでっ!」
    フランキーの言葉にビビとウソップが喉を絞るような悲鳴を上げた。ロビンの制止よりも先に言葉は耳に届く。
    聞こえた耳が痛い。それは今まで誰もがわざと考えないようにしていたことだ。
    考えたくない。だから考えない。
    そうしないと自分たちが壊れてしまうから。
    まだ小さな心に大きすぎる負担がかからないように、本能が備えた逃げ道を誰が否定も責めもできるだろうか。


    二人が見えない。
    夜の闇の中では生死も判らない。
    みんなは助かるのに彼らは何処にいるかも判らない。



    ロビンは床にうずくまって震えるビビを抱えた。背中と頭とをそっと撫でる。そっとそっと。
    「彼ら、かなり泳げるって聞いてるわ。だからきっと、大丈夫。だから落ち着いて呼吸して」

    そう言われてもビビの呼吸は狂い始める。痛いのは耳じゃない。心が無音の悲鳴を上げる。ロビンの声も説得にはならない。

    「ビビ。深呼吸よ。じゃないとまた喘息が起こってしまう」
    「・・・・また?」
    ビビは聞きとがめた。何ですって?
    「私・・喘息じゃないわ」
    あっとロビンは小さい声を添えた手の中に隠したがビビには聞こえた。


    私が?
    だって病気の記憶も、病院に行った記憶も無いわ。


    じっと睨んで無言でロビンを問い詰める。少し視線を泳がせてそらしていたロビンはふぅとため息を吐いて話し始めた。

    「聞いてはいたけど本当に覚えてなかったのね。でも、貴方には間違いなく既往があるのよ」
    既往とは昔罹ったことのある病気のことだと苦い笑みを浮かべながらロビンは説明を加えた。
    「貴方の喘息の初めての発作は私と初めて会ったとき」
    「え?」
    「紹介されて私が声を掛けようとした途端ぜいぜい言い出してあっという間に呼吸ができなくなったの。初めてだからお父様も驚いたし横にしただけで真っ黒になるから 貴方が死んでしまうかと思うと何より恐かった」
    ロビンの両手は自分の二の腕をぎゅっと捕まえる。血が出るのではと思うほどぎゅっと。

    その姿を見てビビの中にぽんと何か記憶が浮かんでくる。今まで消えていた記憶だ。
    5歳の私は誰かに会って興奮してた。
    素敵な人だった。
    興奮した胸のドキドキが突然恐いことになった。身体がおかしくなって息もできなくて、世界がどす黒く閉ざされていく。

    その人との出会いは苦しくて辛い、嫌な記憶ばかりで埋め尽くされてしまっていた。

    「そう・・私、あの時、白いお花を持ってたのに」
    溢れた記憶に思わず口走る。そうだった。
    (水色と紫と仲良しの色のお花ってどれ?『ビビ様、お庭の花ならどれでも良いでしょう』じゃ!大好きなこれにする!)
    幼い私はあの日をとても楽しみにしていたのだ。



    「花・・?ごめんなさい私はちょっと覚えてないみたい」

    ロビン先生は眉を顰めた。・・本当に思い出せない。ロビンの記憶も真っ黒に塗りつぶされている。、真っ赤な頬が真っ黒になってゆく。そのまま救急車の音。闇で見つけたと思った光が一気に塗りつぶされた。

    「だってさっきまでピンクの頬の可愛い子がいきなり『いや』といったっきり苦しげにもがいてたの。
     その後原因を調べても判らない。結局は『重度の心因性による喘息だ』と。
     急な緊張といえば私のことだったろうしということで貴方と隔離されることになり私は本国に一度引き揚げた」
    少し寂しげな笑顔がロビンの口元に浮かんでいる。
    辛かったのはビビだけではなかった。たった一人で海を越えてきたロビンにも辛い思いをさせたのだ。一人だったのに、更に家族と引き離して一人で暮らさせた。私のせいで。


    同時にビビの中に苦しい記憶も戻ってきた。

    胸が苦しい。息が吐き出せない。身体の中から嫌な膨らみが押し出せない。
    ああ、苦しい。
    「お嬢ちゃん?」
    「ビビ?苦しいの?」
    はっと気遣うロビンにゆるゆると顔を横に振った。

    ああ、この顔知ってる。昔に一度だけ見た。
    その時もこんなに苦しかった。
    この人を思い出す毎に感じた息苦しさと恐怖はこれと同じものだ。
    「あの時と・・・一緒・・・」

    その時起こった身体の苦しさをこの人の記憶と重ねてしまった?
    だからロビン先生を見る度思う度に私は苦しかった?
    そんなの・・一番辛い覚え方だ。

    涙が溢れてくる。
    恐い記憶が襲ってくる。
    助けて。恐いよ・・・。


    ロビンがいきなりビビの胸に自分の耳を寄せた。前も背中も何カ所かを押しつけてから自分のウェストバックから吸入器を取り出した。
    「これをゆっくり吸い込んで」
    肩を支えて姿勢を取らせる。ビビは言われたままに吸入器を吸い込んだ。
    「深く。しっかりとよ」
    そのまま抱えていてくれる。辛いから体は横になりたいのに、なると苦しいから抱きかかえられたままにする。
    「ゆっくりよ、これは気管を広げるから、大丈夫」

    ああまだ苦しいけど抱えられてるからだが温かいのを感じる。
    うん、と頷く。
    目の前の真剣な顔。うんくらくらしてくるけど少しずつマシになる。

    「大丈夫?」
    今度は本当に頷いた。
    「貴方用に持っていたのがやっと役に立った。けど本当は必要のないものだったはずなのにね」
    ビビの額の髪を揃えながらロビンがうなだれた。

    「ごめんなさい。その後治療は催眠療法が効いたと聞いてるわ。なのに、今、私が漏らして思い出させてしまったなんて」

    ロビンの手は下から背中をゆっくりなで上げる。そのたびに少しずつ痰があがってくる。苦しい咳が出るけど、出す毎に何か違う物が吐き出されてくる。

    「いいえ」
    ビビは首を横に振った。
    「違うわ。苦しかったのは違う。・・これじゃないの。 全てを思い出せなくて。だから私は苦しかった」

    何故なのだろう?どんどん後から後から涙が溢れてくる。鼻の奥まで流れ込んで余計に咳が絡んでくる。
    ただ咳き込む度に撫でられる手が何より何より温かい。
    まだおかしい、でも少しずつ呼吸が落ち着いてきた。
    ほっとしたロビンも泣いている。
    二人で泣いている。







    「ビビィ!お前やっぱり美人だな!」
    「え?」
    真横でルフィがいきなり呟いたので驚いた。
    咳で顔は真っ赤だし、涙が頬に絡んで鼻もズルズル言ってる。きっと鼻の頭も真っ赤に違いない。絡んだ痰で喉もゴロゴロ言ってるし胸の音もまだ少しひゅうひゅう言ってる。どっちかというと絶対に他人には見られたくない顔だ。
    なのにいきなりの相手にいきなりの文言に、涙でぐちゃぐちゃになったビビは耳まで染まる。
    サンジが嫌そうな顔で怒った。

    「くぉらルフィ!先生の目の前でいきなりビビちゃんくどいてんじゃねー!」
    「なんでだ?だってこいつ今一番良い顔してっじゃん」
    そこまで屈託無く言われると照れて良いやら面はゆいやらが交錯してもっと真っ赤になる。それに次の言葉が出ない。
    ロビンは濡れた頬で、それでもくすくす笑ってる。




    その時ロビンの胸ポケットに蛍光色の点滅が見えた。




    空と海の狭間で-27

    2007ナミ誕 空と海の狭間で ] 2007/08/25(土)
    その時ロビンの胸ポケットに蛍光色の点滅が見えた。


    「それは?」
    ルフィに指さされてロビンは慌てて自分のポケットを見た。
    「え?もしかして!貴方!貴方の服をナミさんに貸したりなんか・・した?」
    「ええ?ああ。うん私のパーカーを。それがどうしたの?」
    呼吸は落ち着いてきた。これなら答えられる。
    「それなのよ!ほら、見て!」
    興奮したロビンの手には皆のよりも大型のコンパスと点滅する信号を移す機械が付いていた。黄色い光が微かに点滅している。
    「その・・言いにくいんだけど、貴方のお父さまは心配性でね。子供にGPSを隠して付けてたりするの。その・・・貴方にも黙って」
    「ええ?!」
    「今回も」
    「今回も?」
    ビビが真剣に突っ込むとロビンが困ったような笑顔を浮かべてる
    「しかも高性能。小型なのにサーモ機能が付いてるの。消えるまでは人間の体温。その後の点滅は心拍の感知機能の簡易版。最新の機能が付いた誘拐対策のグッズらしいんだけどね。ほら、スパイ映画で見るでしょ?」

    呼吸が落ち着いたはずのビビは口をぱくぱくさせた。話がいきなりスパイ映画になっちゃって驚くばかりで、パパに怒るとかそう言う次元じゃない。
    ロビンの手の中の機械には蛍光色で点滅する光がある。
    「今頃消えていた反応が出たって事は海に落ちて冷えてしまった人間の拍動を感じて居るんじゃないかしら?」
    「じゃぁナミさん!!」
    「無事かも知れないわ」
    口の中に何かが溢れてきて声が出なかった。
    もしかすると!いいえ多分!ナミさんだ!生きていてくれてる!!
    感動がきわまって声が出ない。



    が、一つ現実が目の前に降ってきた。

    「・・・って事は私がここに来てるってパパは・・・」
    「全部ご存じよ。『よろしく』って連絡貰ってるし」

    ビビは開いた口がふさがらなかった。
    じゃあ何のために偽造書類にサインしてるのよ!!
    ビビは真っ青になってからこんどは真っ赤になった。髪の毛の一本一本が総毛立ってる。ロビンは気の毒そうに、それでも笑いをこらえられない顔をしてる。
    「けど今回はそれが役に立ってるわ。きっとこれ、生きているナミちゃんよ。だから怒らないであげましょうよ」
    「もうパパったら信じらんない・・・・」



    フランキーはロビンの報告に大きな眼を更にぎょろりと見据えた。近くならもしかしたら拾いに行けるかもしれない。少なくともセンサーとして使えばオールジャクソンでフランキーが一人で迎えに行っても良い。
    「で?ニコ・ロビン?あいつらの信号は何処だ?どっちに向かってる?」
    「南よ・・これは・・」
    機械を携帯用のフランキーのパソコンに繋いで地図と点滅が重ねられた。
    そこは・・・。


    「ラフテル」
    「見事だな。流されて海流に乗ってここまで行きやがった。良いのは運か、それともあの嬢ちゃんのことだ知ってたか?最悪お嬢ちゃんだけとか服だけかもしれねぇが。」








    嵐は収まりつつある。
    船内はにわかに活気づいた。
    ナミが生きているかもしれない。ならばゾロだって。しかも先にラフテルにたどり着いてるかもしれないなんて。

    「駄目だ。おめぇらはこのまま帰るんだ」
    浮かれた4人の背後からフランキーが冷静に言い放った。
    「ええ?!」
    「なんでだ!このまますぐに行こうぜ!」
    サンジが叫んでもフランキーがこのまま二人を探しに行くことを拒んだ。
    「お前らの集団脱走の後、二次災害は許されない。このまま一旦帰るべきだ。それが大人の常識ってもんだ」
    太い腕っ節は揺るがない。

    「そんな大人のへ理屈なんてクソっくらえ!」
    「もしナミさん達に今から何かあったらどうするの!?」
    「サンジ!ビビ!判れ!」
    「そんな!勝手よ!」
    「お前らの無事はさっきの時点で当局も確認済みだ。そう言う奴らが結果的になにかに巻き込まれたらかえって事件が増える。そいつを二次災害って言うんだ。朝までここにいれるんならこのままいて、そこから帰るのが一番良い。今オールジャクソンにいる奴らと俺が交代して迎えに行ってくるから待ってろ」
    オールジャクソン号は小さい。機能は高いが外海の乗用には向かない。5人乗りくらいのボートに近い。
    サニーとのリンクは一番確実だったからもう一人運転手としてザンバイを連れては来たがこちらには全員は乗れない。
    帰りが二人増える予定ならなおさらのこと。

    ルフィは船の舳先をじっと見ていた。
    静かに振り向くと騒いでいる彼らに向かって断固とした声で告げる。

    「フランキー。俺は帰らねぇ」
    「おい?お前船長っつったよな?その船長のお前が不味い判断してどうする?」
    サンジとビビを軽く流していたフランキーはいきなり声を低くした。ルフィの声が何故か重い。その重さを感じてフランキーは真正面を向いた。ルフィの言い分は非常時には通らない。大人として通さない。通すわけに行かない。

    「俺は何があってもラフテルに行く。お前がこのまま帰るんなら俺はここから飛び込んででも行くぞ」
    「やかましい。おめぇみてぇなカナヅチが何を言ってんだ」
    フランキーはこの船唯一の成人と言っていい。責任も全てを背負う覚悟でここにいる。
    だから譲れない。

    けどルフィもその心を賭けてる。譲る気はない。

    「・・・・フランキー。連絡、本部につなげ」
    「どうする気だ?」
    繋げと言うからには連絡だ。本部といってもいったい誰を?小学生が知ってる人間などいるはずがない。
    「俺が、じかに俺は帰らねぇって言う。本部を、理事長を捜してくれ」
    「なんでだ?!なんでお前が秘密とされてる理事長を知ってる!?」
    これにはフランキーの方が驚いた。まさか出るとは思っていなかった名前だ。

    「その秘密にされてるはずの理事長が俺の保護者で責任者だ、今はどこにいるかしらねぇけど世界中を探せ」
    ルフィがすでに命令口調な事を誰も違和感を感じていなかった。
    どこから来るのか、命令する者の強さをルフィはその身におっていた。


    「理事長って?」
    ロビンが口にした。今、この時点で何故その名前が?それもいったいどういう知り合い?疑問は溢れて一番単純な言葉になった。フランキーを見上げると厭々ながら説明してくれる。

    「ああ、ロジャーの後の理事長の代替わりは色々な失敗を重ねた。このグランドラインが成功例としてあがってながらもトラブルの塊だって事は・・あまり知られちゃいねぇんだ」
    指でお金のサインを示しながらフランキーは続ける。
    「金の問題があってな。金の絡んだ企業が手を出してきてこの企画がつぶれかけたことがある。だから今の理事は正体不明と言うことで副理事のおつるさんが仕切って、それで妙な均衡を保ってる。この辺りは裏話でよ。企画が毎回もめて綱渡りになってんのもこのせいなのよ。お前らの毎日が観察もされてる。それが来年の企画に、予算に、計画に反映されてる。だから子供の安全は最重要課題の一つなんだよ」

    なんでこんなガキが・・とぼやきながらも説得に困ったフランキーはルフィの言うとおりに本部に伝えた。そこから果てしない連絡待ちの時間が過ぎる。


    長い、とても長い時間。情報は人と人を介して錯綜しながらも光速で動いているだろう。時間も空間も違うのに世界は繋がり、人も同じように繋がっている。今、ここが静かなだけで世界中は脈々と動いてる。
    総責任を背負う管理者は今、日本には居ないという。今はその人が捕まるまでうごけない。
    「お願いだから待ってて」
    通信機の向こうでオペレーターが囁いた。


    ぴかっと通信機のライトが点滅したのをウソップは見逃さなかった。
    「き、来たぞ!」


    「allo・・おい、ルフィ?出ろよ。聞いたぞ。そこに居るんだろう?それとも時差のせいか?今そっちは何時だ?」


    通信機のマイクは既にスピーカーにつながれていた。想像していたよりも若い声が流れてくる。フランキーとロビンが驚いた声を殺す中ルフィはそのマイクに近寄った。
    キャンプ管理者の、このキャンプの全責任者の名をルフィは口にした。

    「俺だ。シャンクス。今は夜。えっと夜中の3時だ」
    「おいおい、ガキは寝てる時間だぞ」
    「今から仲間を見つけたら寝る。だから行かせろ」
    「お前なぁ・・聞いたぞ。けどそんな時間じゃ無理だと言ったら?」
    「お前が俺をここに送ったんだ。ラフテルに行かずには俺は帰らねぇ」
    「それとは別だろ?」
    「仲間は大事にしろっていったのもお前だ。ゾロもナミも俺の仲間だ。絶対に見つけてくる。んでラフテルに行く!」
    電話の向こうでため息が聞こえた。ただ・・それは満足そうなため息のようにも思えた。

    「ロビン・・・いるか?」
    囁くような声だった。ロビンは深く息を吸い込んだ。
    一歩、静かに前に歩み出る。
    「・・・・ええ。けどここで貴方と会うとは思わなかったわ」
    少しの沈黙が二人の間を流れる。時間が重みを増す。
    「そちら・・雨が降ってるの?」
    声の背後に幽かに、雨の音がする。
    「あ?・・ああこっちのこの季節は案外良く降るな・・・判るか?」
    「そうね。懐かしい音だわ」
    懐かしい。ふるさとの雨の音が聞こえる。今のシャンクスの在所が初めて判った。
    何故黙って行ったのかも判った気がする。
    「ずいぶん遠くまで探しに行ってるのね。貴方の捜し物」
    当時二人の間の見なかった逼塞感。ロビンは家庭の愛に飢え、シャンクスは新しい世界を欲していた。
    互いを埋めるパーツを相手には見出せなかった。だが辛くてそれを口に出せなかった。
    「ああ。で、お前は?少し・・見つかったのか?」
    「・・・そうね、ほんの少しだけど。貴方は?」
    「まだ・・もう少しかかる」
    シャンクスは決して待っていろとは言わない。ロビンも言わない。今なら少し・・判る。あの時の二人のままでは共にいることができなかった。
    「私にも時間が必要だわ」
    「だろうな」
    そう・・
    「この子が・・置いていった貴方の宝物ね?」
    ロビンはルフィを見た。マイクの向こうでシャンクスはしばし返事をしなかった。ロビンにはそれだけで充分だった。
    「ついてやってくれるか?」
    「都合よすぎるわ。貴方って・・黙って行ったこと、誤りもしないでひどい男ね」
    きつい言葉と裏腹にロビンの表情はとても優しい。声もとても甘い。
    「俺の代わりに・・頼む」
    「いいわ。私も興味あるし」
    ロビンは自分の言葉で会話を打ち切った、そのまま受話器をフランキーに渡す。

    「ああフランキーか?船は大丈夫なんだな?視界は?夜明けまで無理か。なら夜明けを待って晴れたらと言う条件付きで許可しよう。それは譲れんぞ。そこまできちんとガキ共に仮眠取らせとけ。それから!」
    「なんだよ久しぶりに会っても言いたい放題なのは全然かわんねぇな」
    旧知の仲らしい気安さが二人の間にある。
    「頼む。全部 全部を見てきてやってくれ」
    シャンクスの依頼はフランキーにとっても意外だったらしい。
    「俺で良いのか?」
    「頼めるのはお前だけだろう」
    フランキーは珍しく黙った。ルフィを、サンジを、ウソップをビビをそれぞれじっと見つめる。最後にロビンの方をじっと見た。
    「わぁった。全部だな」


    「ありがとよ!シャンクス!フランキー!」
    ルフィはそのまま受信器を奪って礼を言って、いきなり切った。





    空と海の狭間で-28

    2007ナミ誕 空と海の狭間で ] 2007/08/27(月)
    お母さんが笑っている夢を見た。
    アタシは小さな子供で抱っこされたままその温かい懐に頬をすり寄せていた。
    あったかくて、心地よかった。





    ざざ・・・ざざ・・・・
    ざっ・・・・・ざっ・・・・

    体の中に音がする。
    心安らぐ音が聞こえる。
    頬が暖かい。これは太陽の日差し。そして優しい風。風が葉をこする音。
    鼻孔に潮風と甘く感じる土の匂い。
    そして聞こえる音。心地よい暖かさ。

    これは。

    冷たくて暗い海の中じゃ無くって。
    あたし、いきてるのかな?


    固まっていた瞼をびりびりと引きはがしてみる
    視野がいきなり開けた。
    ぱっと燃え上がった世界に眼が焼かれたように真っ白になってから、ゆっくりと外の世界が戻ってきた。
    目の前には大きくて白いもの。少し遠くに木の壁。窓の外に砂浜と青い空。数本の南国の木が揺れている。




    生きていたんだ。




    「ええっと・・。」
    まず動けなかった。
    身体が固まってる。それも身体がなにやら温かい物に縛られている。いや正しくは抱え込まれていると言うべきか。広めのおでこが自分の目の前にある。
    汗を含んだ髪も自分のそれとくっついているくらいの至近距離。聞こえる相手の呼吸音と心臓の音。

    自分を抱え込んでいるのが緑色の髪の男の子であることに気がつくと落ち着いたはずの呼吸がいきなりぐちゃぐちゃになった。
    自分の心臓の音がどんどん大きくなって周りの音が聞こえなくなって、いつもの呼吸がとれない。
    落ち着かなくっちゃ!

    ゾロだ。

    ゾロは寝ているらしい。寝た人間がこんなに重いとは知らなかった。ノジコと一緒の布団に入ってもそこまで潰されることは無い。むしろ自分の方が蹴っているらしい。それにビビはもっと軽い。対してゾロは・・確かに背は大きいほうだ。多分自分の方が大きいと思うけど160cmくらいはありそうだ。太い訳じゃないのになんで重いんだろ?男の子は良く判らない。
    重さの証明みたいな羽交い締めみたいになってる目の前の腕は太い。
    えっと。

    動けないことにあきらめてまずは自分の状況と周囲を確認することにした。


    嵐に巻き込まれて波にさらわれたところまでは覚えてる。凄い力に巻き込まれた後は何もできなかった。けどそこからは何も覚えてない。
    なのにここは船じゃなくて小屋だ。
    いったい何処の小屋なんだろう?

    掘っ立て小屋みたいな小さな小屋。朝の光の中でほこりまみれの床はここに人は住んでいないことを物語っていた。
    屋根があってかろうじてぺらぺらとした薄い壁のある小屋には外からの日差しも風も皆出入りしている。荷物を置く領域だけは少し囲ってあった。そこをこぼれた薪とかが乱雑に置いてある。

    他のみんなは何処?
    あたし達だけなの?

    ゆっくりと太陽の日差しが入り込んできた。どうやら日の出のようだ。
    朝だ。嵐の後の朝だ。
    日の光がゆっくりと二人を照らし始める。眩しい日差しがゾロの顔を映し始めた。顔の産毛まではっきりと見える。
    まだ寝ているらしいが少し眩しいのだろう軽く動いた。
    半分座ってゾロは寝ている。自分は抱きかかえられたような状態になっている。少し身をよじると今度はゾロの方が少し動いた。起きたのかと顔を覗くと規則正しい呼吸が鼻から漏れていた。本当なら耳元で大声でも出して起こして話を聞くべきなのだろうが、何故か起こさずにそっとしておきたかった。
    多少ほっとしながらゾロの腕をそっと押すと今度はゆっくり外れた。筋肉で鍛えた硬い腕は自分と明らかに異質な感じがする。
    ん・・とゾロが軽く声を出したので一拍心臓がどきっと言った。けど眠りは深いのだろう、ゆっくりと押しやりながら脱出すると自分が抱え込まれていた後がこっぽりと空いた空間になった。ゾロはナミの抜け殻の方に自分の身体を折り曲げて更に寝ていった。
    乗られてた足が少しだけしびれてる。手首も少し。身体を伸ばすとごぎっと変な音がしてる。少しほぐしながら膝を崩して座り込んだ。

    ゾロの向こうに石で囲まれただけの囲炉裏のなかで消し炭が煙だけをくゆらせていた。
    (焚き火?)
    炭は新しい。燃えた炭の量から言って思い切り燃えていたはずだ。だが、その焼け跡に、ナミは恐怖や嫌な感覚どころか落ち着きと感謝を感じていた。
    (なんでだろ?)
    はっきりしない昨夜の記憶だが燃えかすになった炭を指で摘んでみる。
    燃え上がった炎を想像する。今は寒気はない。昨夜のような・・・・と混乱した記憶が少し浮かんできた。


    (大丈夫だ)
    そうだ声がしてた。
    (冷えてんな。火がないとやばい)
    耳元で聞こえていた。
    (俺が抱えててやるからそっちは見るな。大丈夫だから)

    (心配すんな、大丈夫だ)
    (みなきゃいいんだ、だいじょうぶだから)
    そう言われてゾロの肩に頭を預けてた。
    ゾロの声がしてた。
    そうだあの身体にずっと抱えられていた。


    思い当たってナミは一気に頬を染めた。
    記憶がはっきりしているわけではないのだが・・・・心が温かくなってる。
    くっついてたおでこの感触が甦ってはドキドキするので、思わずナミは耐えきれずに起き上がって少々心許なくよろめく足で小屋の外に出た。



    「ふう・・・・。」
    優しい風が葉を揺らしてる。岩がちな小さな入江には少し砂地が見える。
    外の陽光は南の島のやっと登り始めた太陽。つまりあっちが東。
    そのナミの両脇を見渡す限りの海が右に、左にと広がってる。
    その大きな海を渡る風はナミに思い切り吹いてきておはようと命の歌を告げる。
    おはようと心の中で答えながら空と海が繋がるところをどこまでも見渡す。
    見事な水平線が見渡せるくらい澄んだ空気。きっと今ここは高気圧のど真ん中。
    知らない孤島だ。

    ここがどこなのか、水は?食料は?いつものナミなら必ず浮かぶ転ばぬ先の杖が今はどこかに飛んでいってる。
    砂浜の方に向かってゆっくりと歩き出した。キュキュッと足下の砂が鳴る。

    大きな空と、大きな海に挟まれた、なんて綺麗で透き通った世界なんだろう?
    泊まっていた島でも感動したが、ここの砂浜は更に人の手の入った後がない。
    浜にあるのは波の重なった後。カニや甲殻類ののたくった足跡。海の側は砂がもっと細かくて鏡面みたいだ。
    向こうに海からあがってきた足跡が一人分。足跡は結構深くてちょっと蛇行しながら小屋まで繋がっていた。
    きっとゾロの足跡だ。一人分しかないところをみるとナミを背負って歩いてくれたのだろう。
    「なによちっちゃいくせに・・。」
    切れ切れの記憶が甦る。
    死の恐怖に似た冷たさがゆっくり溶けた暖かい夜だった。



    くすぐったい落ちつかなさで振り返るとゾロが小屋の前に立ってナミをみていた。
    まだ寝ぼけたような、そのくせ空と海と・・ナミを見てる。ゆっくりと彼も歩き出してナミの側まで来た。




    「おはよう!良い天気よ!」
    「・・だな。」
    振り向いたナミの笑顔の屈託なさに一瞬顔を赤らめてしまった。認めたくはないがみとれてしまってからすいっと視線を外した。
    「みんなは?」
    「わからん。俺たちだけだ」
    そっか・・とナミが口にする。
    「うん、わかんない。しょーがないね」
    ナミの声は落ち着いてる。わざと欠伸をしながらゾロはぼりぼりと頭を掻いている。だが途中からあくびが本物になった。
    「腹ァ減ったな」
    「うん。のども渇いた。小屋に水とか食べ物とかなんか無かった?」
    「そこまで見てねぇ」
    「なによぉ、この役立たず」
    「んだとぉ!」
    あはははとナミは屈託無く笑っている。
    元気になった証拠かナミの毒舌も復活したが、今までのナミとはその軽やかさが違う。
    青い空の下、島の海岸に溶け込む眩しい笑顔が絶え間ない。
    ホッと一安心しながらゾロはもう一度伸びをした。流石に眠い。けど。

    「おい」
    「なぁに?」
    「お前・・大丈夫か?」
    ナミは大きな目を見開いてゾロを見た。
    「大丈夫よ?」
    「や・・じゃなくて・・・その・・」
    言葉を濁すなんてゾロらしくない。けど視線は泳いでるし口やら手やらの動きが妙にぎこちない。

    どうやら言葉が選べなくて困っているようだ。
    多分今の体調を問う質問には昨夜の炎のことを聞きたいらしい。
    クスクスと笑みが浮かんでくる。うん。これは、いかにもゾロらしい。

    「ありがとう!それから昨日のキャンプファイヤーの時の事も!本当は船で言いたかった!」

    口にしてナミは本当に嬉しくなった。
    ああ良かった。やっと素直に言えた。そして今も素直に笑える。
    南の島の魔法なのかゾロには言いたいことが沢山あるのに言わなくても判るし判って貰える気がする。
    「そうか・・いや・・ま、良かったな」
    ゾロはちょっと向こうを向いて赤くなった鼻の横を掻いてる。

    「あ・・それと・・・」
    言いにくそうにゾロはポケットに手を突っ込むともぞもぞとなにか白い布を取り出した。
    「これ・・取れた。その俺が取ったとかじゃなくてな!!海から上がってライフジャケットとか脱いだとき・・」
    白いけど汚れた布。五分袖のパーカーの中から海の中でどうやって解けたのかは判らない。

    ナミの左の肩から二の腕にかけて大きなヒキツレがある。
    火事の後遺症だ。炎に舐められた最後の一つがどうしても消えなかった。

    「腕。見えた。俺は嘘は言えねぇから、先、あやまっとく」
    今は半袖のシャツの下に隠れてる。ナミは自分の傷をそっと押さえた。
    ゾロは少し視線をそらした。
    「見せたくなかったんだろ」

    自分の気持ちを一週間前まで見知らぬ他人だった男の子が判ってる?信じられない気持ちではあったがそれを嬉しく受け入れる気持ちの余裕が今のナミにはある。

    「いいよ!」
    「・・・・・え?」
    「いいよ。ゾロになら」
    ゾロは思わずナミを見つめた。太陽を背に、ナミはちょっと照れたように笑っている。予想外のその笑顔を見てゾロの方が真っ赤に燃えたような気分になった。思わず自分の片手を広げて顔を覆ったくらいだ。
    「・・いいのかよ」
    「うん!だって傷ならゾロにだってあるじゃん。同じよ」
    自分の胸の傷を言っていると気がつく。
    「そっか。同じか」
    同じで良いのかは判らないが・・。

    ぐう

    おでこまで真っ赤になりながら答えた途端ゾロの腹の虫が大きく鳴り響いた。
    「ちょ・・ま・・」
    なんでこんな時に鳴るんだか?普段ならどんなところで鳴ろうが気にもしないが今はナミにもっと違うことが言いたかったのに。驚きすぎて何を言おうとしたか忘れてしまった。
    焦るゾロを見てナミはおもいきり吹き出した。
    「食べ物!探そう?アタシもお腹空いちゃった!よしっ!小屋に戻ろう!!」
    駆け出す足は短パンに裸足で、真っ白なパーカーから細くて長い足が伸びていた。ゾロもつられて駆け出す。


    駆けながら疲れているのに体は軽い。二人で軽く競争するように駆けてゆく。
    「小屋に戻ってなんかあるのか?」
    「外だったらパンノキとか生えてないかしらね」
    「なんだそりゃぁ?」
    「しらないの?南の島って言ったらパンノキよ!ダメじゃない本くらい読まなきゃ」
    偉そうな。この偉そうな口のききようは絶対にナミだ。
    昨日はもっと静かで・・そっちの方が良かったんじゃないかとホンの一瞬ゾロは思ってしまった。



    小屋の隅を探るとかなり前に日付の切れた乾パンを見つけた。
    「どうする?」
    ナミは日付に見入って眉を顰めている。さすがに年単位で切れていると考える。
    「~~~~~~ん。ゾロ、先に食べて良いわよ」
    「俺は毒味かよ。」
    プルトップ型の缶だったのでそのまま指を入れてぐいっと開けると見た目は大丈夫そうだ。
    不信気な目を向けるナミを余所にゾロはぎゅっと詰まった乾板の真ん中に指を伸ばすと一つをぐいっと引っ張った。取り出しても形が崩れるわけじゃない。匂いも普通。
    そのままためらいなくゾロはぱくっと口に放り込んだ。
    「ちょっっ・・!」
    ばりばりと咀嚼してごくっと飲み込むゾロの喉の動きを息を凝らしてナミは見つめている。
    「うっっ・・・」
    嚥下途中でゾロがいきなり眉を寄せて固まった。喉を押さえる手が伸びる。
    「やっぱり!?ちょっとあんた大丈夫!?」
    ナミは吐かせようと背中を音が立つほどばんばん叩いた。
    「う~~う~~まいっ。お前が嫌なら全部俺が喰っといてやるよ」
    もう一つと手を伸ばして口に放り込む。がりがりとかみ砕く口元がにやにや笑いをこらえている。
    「・・・・・・・・・欺したわね!!」
    茹でタコになったナミが背中を叩いていた拳を固めて振り下ろした。
    背中からの衝撃で手元の缶が飛びそうになってゾロは慌てた。
    「止せ!落とすだろうが!」
    「もらいっ」
    その隙に前ににまわったナミが両手で缶をさらった。
    「こらっ!」
    「ざまーみろっ!あたしミニバスも得意だもーーんv」
    「待ちやがれ!」
    「いやーーよぅ!」


    ナミは小屋の裏手にある木立の中に駆け込んでいった。島の大きさの割に緑が多い。小屋の後ろにあった岩場に入ると木の影が濃くなった。下生えの緑も濃い。土の匂いが甘い。
    「やっぱりあった!」
    「何がだよ?」
    追いかけてきたゾロが追いついた。
    「みて!水!」
    岩の隙間から水がしたたっていた。出来ているのはほんの小さな手のひらくらいの水たまりだけれど、水には違いない。
    「ありがてぇ!」
    ゾロが這って直接舐めようとしたのでナミは張り飛ばした。
    「汚い!小屋にコップみたいなのあったでしょ!」
    「いーじゃねぇか。」
    「良くない!」
    渋々ゾロは小屋に取りに戻った。乾パンも食べたいけど水が手に入る事の方が素敵!とナミは周囲の大きな葉をとって水を受けてみた。ほんの少しだけど水の滴が集まる。喉が鳴る。
    葉の上の水を口に流し込んでナミはごくっと飲み込む。
    「うんま~~~~い!」
    「てめぇ!ずりぃぞ!!」
    後ろからゾロが走ってきた。手には形がゆがんでるけど錫のコップ。
    「ほらぁあんたの分もあるわよ。ってことでコップはあたしが貰ってあげ・・。」
    葉の上に流れる水をすくって渡す。けどゾロはそっちにも口を伸ばしながらコップは離さなかった。
    「こっちは俺が先だからな!」
    「けち。」
    「どっちがだ!」

    垂れてくる滴がコップの中でゆっくり集まってくる。二人ともがのぞき込んでいると少しずつ、清水が貯まってあふれ出した。

    「ほれ。」
    「いいの?」
    「いらねぇなら俺が・・」
    「待ってよ!要る!」

    島のわき水は美味しかった。
    ゆっくり貯めては飲み干して互いに落ち着いた頃には笑顔が戻っていた。
    「戻るか。」
    「うん。」




    「ねぇ。」
    帰り道と言うほどの距離もないが二人で歩いてる。おそるおそるナミが聞いた。
    「今頃だけど、どうなったのあたし達。なんでここに?」
    「覚えてねぇのか?」
    「うーーん落っこちてからの記憶が・・・ほらあたしって嫌なことは忘れる質だから」
    「・・・・俺が一緒で悪かったな」
    「あ・・あの・そのあんたが嫌とかじゃなくって!普通落っこちたら死ぬかとか思うじゃないの!」
    ゾロが一瞬怒ったような寂しそうな表情を見せたので思わず言い直してしまった。





    空と海の狭間で-29

    2007ナミ誕 空と海の狭間で ] 2007/08/29(水)
    数時間前のことだ。




    捕まれとの指示を受けて側の手すりがあったのを幸い捕まっていた。
    船の揺れは激しく、波も高くなってきている。これはもう船内に入らないとならないだろうとナミの方を見たその瞬間。大きな波が船に被ったかと思うとナミが足を滑らせて落ちてゆくのが見えた。
    音のないゆっくりとしたスローモーションの映像みたいに見えて、なのに自分もすぐには動けなかった。つかまっていた手摺りから手を引きちぎったように外す。その時間の間にもナミは巻き込まれてゆく。
    捕まえようと踏み出したがナミはそのまま海中にさらわれた。黄色いライフジャケットごと波に巻き込まれていった。
    迷いはなかった。足下に浮き輪があったからこれを幸いとつかんでナミを追いかけた。




    一瞬見えたオレンジの塊がまた波間に引き込まれる。何度も沈んだり波をかぶったりしてる。自分はライフジャケットのおかげでどうにか沈まずまた海面に顔が出た。だが出た途端に自分の顔に大きな波が襲ってくる。ライフジャケットがあれば浮くと言うが浮くのはジャケットの方で身体が下から抜けていきそうになる。自信のある水泳だがいつも泳ぐみたいには動きがとれなかった。慌てて脇を締めてジャケットの上に乗ったら少し動きやすくなった。
    「ぺっ」
    苦い。波が高くて口に入る塩水なんかは今はどうでも良い。周りを見渡すとかすかに光ったように見えたものがある。オレンジ頭とジャケットの黄色一つを頼りにそっちの方へ手足をばたつかせて泳いだ。本来の自分には泳ぎに自信があっても思ってる以上に服も靴もゾロの邪魔をする。おまけにジャケット自身も助けてもらってても邪魔だと言いたくて仕方がない。自分じゃ判ってなかったけどナミを助けるために邪魔なのだ。
    「くそっ邪魔だ」
    足を使ってサンダルを脱ごうとしたが、マジックテープのせいで思うようにいかない。逆に自分の体が沈みかかって諦めた。
    その一瞬でまたナミを見失っていた。

    何処だ。
    あいつは何処だ?
    左右に頭を振った。

    何故だろう?導かれるように荒れていた波間にいきなり穏やかな平面が広がって、ナミのライフジャケットが僅かに発光していた。その下に真っ白なパーカーが広がってる。

    もう少し。少し慣れてきたから泳ぐように浮くようにと自分の移動方向へ体を向ける。何故か波は今、静かになってる。
    まるで誰かが守っているみたいだと後からには思えたがその時にそんな余裕はない。
    思う方向へ自分の手が伸びた。もっと、もっと、と足は漕ぎながら更に欲しい物を手にしたくて手を伸ばす。

    これ以上連れて行かないでくれ。
    俺が伸ばした短い腕がナミのジャケットの肩を捕まえた。答えがない。だが、顔が上にある。息してるか?
    そのまま引っ張る。手の中に寄せると言うよりは動かないナミに自分が引き寄せられた気がする。
    ナミの顔は今丁度上を向いていた。

    「おい、ナミ!しっかりしろ!」
    返事はない。
    「おい!」
    「ん・・」
    良かった!動いた!これなら判る。ちゃんと生きてるな!
    「起きろよ!早く戻らないと俺たち・・・!」

    ゾロは周囲を見渡してはっとなった。霧がどんどん濃くなってる。そして・・ゾロの視界に自分たちの船がいない。

    そんなに時間を掛けたのだろうか?そんなはずはないのに船が見えなかった。
    雨は止んできている。だがこれは霧なのか判らない。視界がもの凄く悪い。
    空気が寒い、冷え込んでいるような感じだ。

    ぞっとした。
    このまま帰れなかったら自分もナミも死ぬだろう。飛び込んだことを後悔する気持ちは微塵もなかったけどただ困ってしまった。

    ゾロ自身遠泳にはかなり体力の自信はある。ナミを連れたとてなんとかするだろう自信も密かにある。
    だが方角がさっぱりわからない。
    (今は島から10kmくらいね)
    ナミがそう言っていたのはこの嵐の少し前だった。耳に残っているナミの言葉が一つ一つ浮かんでくる。聞いたものは再現できる。自分が聞いてないモノは何度言われても判らない。それがゾロだ。
    船か。距離だけならもとの島まで泳げと言われても何とかするけどなぁと考えても、いつもなら何となく判ったような気になる自分の進行方向がさっぱりわからない。
    幸い水は少し静まりつつあるようで波が小さくなってきた。
    おそらくは方角についてはナミの方がマシだろう。

    「おい!起きろ!このままじゃ二人とも遭難だ!」
    揺するとがぼっとナミが水を吐いた。ゾロに捕まり少し咳き込んだので一緒に沈みかけて少し慌てた。
    「あ・・・ゾロ?」
    「おう、起きたな」
    「ここ何処?」
    「海の上だ」
    ナミの反応は妙に冷静だった。ちょっと肩すかしを食らったような感じがする。もっとうるさい、いわばパニックを起こして叫ぶような女のイメージがあったせいだが今はありがたかった。
    「・・落ちたの?」
    「落ちたのはお前だ。んで船からも離されちまったらしいな」
    「船は?・・判んないの?ゾロの迷子」
    「誰のせいだ!」
    「嵐よね」

    ナミは暗い中、周囲を見渡していた。
    見えない遠くを見ているような目つき。ゾロを見ていない。なんだか暗い中で妙に光ってて普通と違う目つきでこれはちょっとこれも逃げたくなる。ナミはじっと目をこらしてゾロの背の方向を指した。
    「あそこに行って。海流があるかも」
    「?」
    「船内に貼ってあった海図、見なかった?」
    「んだと」
    「海流の図の載ってた奴。海の道って書いてあった海流が全部ラフテルに向かってた」
    「?」
    「あの速い流れ・・あれにのったらとりあえず島まで一気に行く」
    「?」
    ゾロの頭には全くわからない話をナミが謳うように口にする。
    闇の中で光ったような不思議な眼をしたナミは遠くを見つめていて・・ゾロの方をくるりと向いた。
    「泳げる?」
    「お、おう」
    「行く?」
    ゾロはナミの指さす方を見た。
    「俺にはお前の言ってることはさっぱりわからねぇ、けどここで死ぬ気はねぇ」
    ナミは微笑んだ。ちょっと怖かった。
    「あたしもよ」
    だがこれはナミだ。だから俺が何とかする。

    もう一度二人のジャケットを確認した。これこそが命綱だ。
    ナミの指示に乗って言われたところまで移動しようとしたゾロの目の端に白いものが見えた

    「なんだ?あ」
    浮き輪だ。
    飛び込んだときに確か一つ一緒に持ってきたはずだった。だが波の間でそれは見失った。
    「ありがてぇ!」
    だがナミの反応は鈍い。
    「泳いで」
    「だから何処だよ?」
    「あそこ」
    浮き輪を無視してるナミの手を取って絡めさせた。互いの腕が浮き輪に捕まっている。体重を掛けると沈みそうになるから捕まるだけだ。少し泳いだところで浮き輪が身体ごと引っ張られ始めた。移動した目安もない今は判らないが明らかに動いている事は判る。
    仰向けになって呼吸を確保する。泳ぐと言うよりは運ばれている感覚。抵抗しないで身をゆだねることにした。

    雨も止み、雲はきれてきている。追い風となった大気も2人を運ぶのを手伝うようだ。
    ゾロにはどうなっているのか判らない。最初、流されていたように感じたが、空と海しかないこの場所で自分の位置などすぐに判らなくなった。
    水は少しずつさっきより少し暖かいが少し足先の感覚は麻痺している様にも思う。長いこと水に浸かっているのは良い事じゃないんだろう。
    「不思議海だな」
    もう一つ不思議なことにいつもは煩すぎるナミの返事がなかった。
    「ナミ?」
    浮き輪に捕まったナミの白い手がゆっくり解けてゆく。
    「おい!」
    ナミの瞳は閉じている。頭が下がり始めた。
    慌てて浮き輪をナミにかぶせる。海流に乗りながら脇の下に入れさせてゾロは後ろからそれを羽交い締めにした。

    ナミは生きてる。
    呼吸はしてる。心臓の音はゆっくりと。一応動いてる。
    くっついているからそれだけは判った。



    どれだけの時間がたったのか判らない。
    チョッパーの顔もバーちゃんの顔も何度も水の上に浮かんでは消える。
    圧される波の力が少し弱まってきた頃、視界の端の水平線にぼんやり黒い物が浮かんでみえた。
    「島だ・・・・・・」
    波は緩やかにあの島に向かって、そしてもう少しで左右に分かれる。
    「島だ。おい。起きろよ」
    ナミは起きない。ただ仰向けに浮いているだけだ。
    決めた。
    ナミを抱えてゾロは島に向かって抜き手を切って泳ぎ始めた。片手にはナミを連れてゆっくりと。

    浜があったのでそこからあがった。浜辺の砂が重く堅くて痛い。海ではしんどかったけど靴を脱げずにすんでよかったと思った。
    浮かんだ半月の月の下、浜の少し奥に白い建物が見える。
    どこでもいい。
    ナミを背負って歩いてゆく目標になった。








    ゾロは思い出せる限りのうちで、説明できるところを訥々と語った。
    恩着せがましいことなど苦手だし、自然、説明は短くなる。
    「ふぅん。あたしって凄い。感謝してね」
    「あーあーはいはい」
    ニコリ微笑んで下から見上げるこの図太さはナミだ。だがゾロはもう腹も立たないくらいに慣れた。慣れを通り越して普通だと思っている。
    心は気持ちの良い奴だとは判っているつもりだ。

    少しずつ太陽が昇ってゆくごとに日差しが強くなっている。見渡す限りの海には舟影もない。
    「それよりさ、せっかく助かったんだから」
    助けを呼ぼうにも、手段が判らない。
    「発煙筒とかもないし、携帯も・・」
    「もってねぇよ」
    「それにああいうのって濡れたらパーでしょ」
    命は助かった。さて次はどうすればいいのか。

    他に小屋の中に何か無いかを探しに戻ってみた。
    あるのはもう少し乾パンと燃料ばかり。
    昨夜萌えた炭が転がっている。ナミはその一つを指で転がした。真横でゾロがちょっとびくっとした顔でナミを見た。
    「あ・・えっと・・・すまん。昨日は。冷たくなってて、その燃料あったし。ライターも使えたし。一応、見えないようにしといたんだが・・」
    「たき火ね?だからいいってば」
    ナミは苦笑する。
    「お前、冷えてたし、俺も寒かったし、その・・。なんだ・・くそっ!」

    ナミの笑いは変わっていた。ぼそぼそと低く言い訳する小さい声に微かに覚えがある。夢うつつにぼんやりした意識の中呟かれていた言葉。抱えられていた自分の身体。何よりも体が覚えている。
    ゾロの顔が何度も近寄っていた。その体温を感じていた。

    『大丈夫だ』

    大丈夫だとだけただくり返す声を耳元で聞いていた。
    抱えられた体も背中も暖かかった。

    夢の中で遠くに薪のはぜる音がしていた。煙の臭いがしていた。熱は背中が感じていた。それよりも熱い自分を抱える人のぬくもりだけを覚えてる。
    炎の怖さは感じていなかった。ただそれよりも相手の肌の感触を覚えている。
    ゾロの体温と声。身近に感じていたそれは朝思いだしたよりも、今の方がよりはっきりと甦る。
    より記憶がはっきりしてきた。

    「うん、おぼえてる。ゾロの腕の中で。大丈夫だったよ」
    うっすら赤く頬を染めていうナミを見てナミの白くてすペッとした柔らかい肌をゾロも思い出した。普通ならあんな事はしないし悪気があった訳じゃない。
    ゾロは耳の先まで真っ赤になった。
    二人ちょっと、互いを見られなくなった。


    「・・・・・しょーがねぇだろ」
    「うん。しょーがない・・だよね」
    ナミの顔も真っ赤になったままだ。

    「けど!でもね!」
    これだけは言わなきゃ。
    これだけは言わないと判ってもらえない。
    両手をきゅっと絞って声にする。

    「あたし怖くなかった!」

    必死に絞り出した声は思ったより大きな声になっていた。
    その声に驚いたようにゾロもぴくんと身体を固めていた。
    「ゾロがいてくれて・・だから・・」
    声が少しずつすぼんでいく。勢いが少し恥ずかしくて声と一緒に身体も小さくなる気分だ。ゾロの返事が欲しい。なんか言ってくれないと溶けてしまいそうな気持ちになる。


    「そうか」

    帰ってきたのはたった一言。
    帰ってきたのはぼりぼりと頭を掻きながら照れを含んで頬を僅かに染めた笑顔。
    それで充分だった。






    「本当に良いのかよ?」
    残りの燃料炭はいくつかあった。使える大型のライターもある。これがあるから俺でも火をおこせたんだとゾロは笑った。
    しかし、薪がそうある訳じゃない。生えている椰子の木は生木だからあまり燃えるようには思えない。

    ナミが砂浜に炭を持ち出して二人で侃々諤々やっている。目の前の海の静けさとそぐわない大声のやり合いになったが、ナミの提案にゾロの方が腰が引けていた。
    「でも、のろしが一番遠くに伝わる通信手段でしょ?」
    「・・・大きな火だぞ。本当にいいのか?」
    返事の代わりにナミは笑って見せた。
    「けど数日助けが来ない場合も考えないといけないのよね。食料とか。魚も生は恐いしそっちにも火は要るし」
    「よくまあ色々良く考えつくよな」
    溜息をつくようにゾロがこぼした。本当にここまで良く回るものだとあきれを通り越して感心する。
    「だってあたし、頭が良いから」
    あまりにサバサバと言うナミの言葉は傲岸な感じはなく自信を伝えるだけだった。
    「へぇ。そうかい。」
    「何?あんた成績悪いの?医者の息子って言ってなかったっけ?」
    「孫だ」
    「跡継ぎなの?」
    婆ちゃんはあと百年くらい持ちそうにも見えるし、俺には何も言わなかった。そう言うことは周囲の方がうるさいばかりだ。

    それでもナミの顔色が戻ってきた事には感動した。脈の取り方とか呼吸の見方とか、最低限だと婆ちゃんがたたき込んでくれたことに感謝した。命を救う、そう言う仕事は悪くないと思えた。

    「そうだなぁ、今まではしなくていいっていわれてたけど・・やってみるか」
    「なにを?」
    「決めた。俺、医者になる」

    ゾロの瞳は真っ直ぐだった。
    ナミはゾロの事情は知らない。けどゾロの本気は判る気がする。何を言われても気持ちを変えない奴だとも判る。だから素直に頷いた。

    「そっか。じゃぁうんと勉強しないとね」
    「だな。お前、帰ったら勉強教えてくれよ」
    「待ってよ、あんたの方が年上でしょ?」
    「けどなぁ。俺、今はクラスで三番だから」
    「?あたしと一緒じゃない」
    「下から」
    「はぁ?」
    「だから三年くらいからやり直さないといけねぇな。ってことで教えろよ。駅が同じだからお前んち、近そうだし、あ、だけど剣道の時間は減らす気はねぇぞ。こっちも大会が待ってんだ」
    「あんたねぇ、何?あんたの都合の良いことばっか考えてんのよ!」
    二人ともここがどこだか今ひとつ現実感を忘れて相手の反応に真剣に向き合ってた。

    そんな時。低く響く汽笛の音がした。


    この空と海なら遠くからでも音も気配も届く。
    「あ!」
    水平線の遠くに船が見えた。
    「サニー号だわ!」









    「ナミさぁん!!!!」
    ビビが千切れそうに手を振ってる。
    その横に大きな姿が二人見えた。
    ルフィもサンジもウソップも飛び跳ねているのが見える。
    サニーの碇が途中で降ろされて、艀につながれた。待てない勢いで縄ばしごを皆下りている。そのまま海に飛び込んで浮かんだ頭が次々に走り寄る。泳げないルフィだけはロビンに捕まえられてジリジリと待たされた。

    何を置いても飛んできたビビはそのままの勢いでナミにかじり付いた。
    「よかっ・・・・生きて・・・ナミさ・・・」
    「大丈夫!ちゃんと生きてるわ!もう馬鹿ね、ビビは泣き虫なんだから!」
    「なによナミさんだって鼻水たれてる!」
    二人笑いあった。
    生きている。互いに。世界が輝いて見える。
    「よかったわ。無事で、本当によかった」
    ロビンがビビの後ろから現れて、涙ぐんでいる。ビビとロビンが互いに目を見交わして微笑んだ。
    「本当に、よかった。二人ともよくここにたどり着いててくれたわ」

    ナミはあれっ?と驚いた。
    二人の間の棘が無くなってる!?
    ナミは驚きと同時に嬉しくなった。
    あたしが大好きな人達が互いに微笑んでる。ナミの周りでもっと世界は輝いた。

    「ビビ、もしかして・・?」
    「ええ」
    ビビは潤んだ瞳をしっかと輝かせて頷いた。自信に満ちた笑顔。あたしの大好きなビビの笑顔!
    「ビビ!おめでとう!!よかった!!!」
    ナミはもっとビビをしっかり抱きしめた。
    「ナミさん!」


    更に堅い抱擁の後ビビが嬉しさと不思議をあわせて聞いた。
    「でもどうやってここまで?」
    「あのね、ゾロがね、連れてきてくれ・・・」
    ナミが振り返るとゾロは男子陣に小突かれまくってた。
    「ゾロ!やるじゃん!」
    「泳いでラフテルに来たんだな!それもナミを連れて!」
    「馬鹿が!泳ぎ自慢もいい加減にしろ!」
    三者三様に突かれて黙って軽い拳や肘を受けていたゾロはぼそっと呟いた。

    「いや、あれは俺も落ちたんだ」
    「ああ?」

    「おいおい。何処の馬鹿が浮き輪持って落ちて、嬢ちゃん連れてここまで来るってんだ?長鼻にみんな見られてんだぞ」
    フランキーが思い切りからかいを含んだ笑みを浮かべてサニー印の浮き輪を手にぶらぶらさせている。
    それに答えるのは嫌だったらしいゾロはそっぽむいて答えた。
    「けどラフテルまで行けるって言ったのはナミだぞ」
    「え?」
    皆がナミに視線を集めたが、ナミは眉を顰めた。その顔に思わずゾロが抗議の声を上げた。
    「本当だぞ。海流があるからって」
    「本当にここがラフテルなの?でもあたし覚えてないのよね」
    ナミが覚えているのはこの島からの記憶。おぼろげな炎。
    海の記憶はない。

    「ここが・・・・ラフテル・・・」

    透明な風が砂地を渡る。空の蒼と海の碧のざわめきが世界を作ってる。ルフィがあれほど行きたがった島。
    本当になんて綺麗な島なんだろう。

    見渡しながら呟くナミの横でゾロはまだむくれたままだ。
    「俺に地図が判ると思うな」
    「あ、あ~それはゾロには、むりだな」
    威張りくさったゾロにウソップが横から突っ込んだ。ゾロが驚いた顔をしていると皆はにやにや笑ってる。
    「今頃気付くなんてゾロも鈍いな」
    「迷子ってのは周囲に気が回らねぇから」
    ルフィとサンジが肩をすくめる。ウソップはにやりと笑った。
    「ウソップ!てめぇ!」
    今度はゾロの方が嬉しそうにウソップを小突き始めた。
    「止め・・ゾロ!お前は・・い、痛いんだぞ!」

    「外傷から来る健忘かしら?それとも恐怖?」
    「落ちたのが嬢ちゃんで良かったてことか。でも恐いことなら忘れてる方が良いだろ」
    「とにかくナミさんが無事で本当によかった!」
    ロビンは腕を組み顎に指を寄せた。隣でフランキーが答えてサンジも歓声を上げる。

    「よっし!ナミもゾロも助かったし」
    ルフィが大きく声を上げた。

    「さあ行くぞ。本当のラフテルへ」

    ルフィは今こそ拳を天に突き上げ満面の笑みでニカッと笑ってみせる。

    「ええ?」
    フランキー以外の全員が驚きの声を上げた。


    空と海の狭間で-30

    2007ナミ誕 空と海の狭間で ] 2007/08/31(金)
    「そっちだそっち」
    薄暗い木々の中。人も通らねば消えてしまう道のはずが草の中に風化した石畳のような敷石が続いてる。たまに曲がり、別れ、交差し、まるで訪れた人を迷わせるような感がある。
    「んでそこを曲がるっと」
    「なんだよルフィ?来たことあるのか?」
    「来たよりすげぇよ。俺、シャンクスに何度も道聞いたから」
    ルフィは得意げに鼻の下をこすった。
    「何度も何度も。病院のベッドで地図を書いて夢に見てた」
    「だからこの先何があるんだ?」
    「ししし……みてろって!」


    皆が息をのんだ。
    島の中心からぐるりと回って東の方。日の昇る方角を望む。そこは洞になっていた。
    ナミとゾロが先に来ていてもおそらくは入り口はとても気がつかなかった。そんな隠れた東の海に近い洞。
    ルフィの用件はそこにあるという。

    ロビンもフランキーもみんなを後ろに連れてルフィは足をすすめる。
    ゾロに近い迷子認定のルフィだが絶対的に確信を持った足取りだ。
    道は洞の中に入ってすぐに大きく曲がった。
    「おいおい本格的に真っ暗じゃねぇのよ。待ってな」
    いきなり真っ暗になって慌ててフランキーが手持ちの大きなライターで火を点けてくれた。声を掛けられててもナミは一瞬真っ暗なところに点いた明かりに身体がこわばった。ゾロはナミをちらりと見るとすっと動いた。ゾロの陰がふわっとナミにかかり、炎は遮られる。その影からならば怖くはなくなった。ふぅっとため息をついたナミに目をやるとナミは少し、ゾロにだけ判る僅かさで、微笑みを返した。

    明るくなって進み、広い空間に付くと皆の視線は一点に集まった。揃って真正面を見る。

    「ここ?」
    「がらくた置き場か?」
    「にしちゃぁ・・?」
    変なものだらけだ。大きな棚に大きな箱が二つ。その周囲には色々な物が置かれている。二つの編み上げられた箱なので中の通気性は良いと思われる南国の箱。駆け寄ったルフィが少し乱暴に開けようとする。埃をかぶったそれはあわてて脇に来たサンジとゾロに手伝ってもらってゆっくりと開けられた。

    「これは?」
    周囲のものと変わらないガラクタばかり。はっきり言えば医療廃棄物のように思える。
    外には大きめの物、例えば車椅子だったりギプスだったり。中には使い方の良く判らないプラスチック製品の管のような物もある。杖。使い古したそれらの一部にはもう掠れて見えないが何か書いてある。封筒が付いている物もある。放置されてと言うよりは大切にしまわれて何十年も経た宝箱のように見えないこともない。
    そしてもう一つの箱はよく見るともう少し小さかった。

    ナミはそっと箱に近寄って中味を手に取った。
    小さなプラスティックの?吸入器?
    「なんか書いてある?ありが・・と・・?まるで手紙ね?」
    「名前みたいな物もあるわ」
    ビビが大きな杖を手に取った。杖に巻きつけられたように紙がついていた。文面が少し読める。
    ロビンも手にとって見る。小さな医療機器を手に取った。そこには小さい字で書き込んであった。


    やっとラフテルに来れたよ!ずいぶん長く使い込んだね

    長い間ありがとう。君が僕を助けてくれた。

    別れるのが寂しいなんて変な気分。けど私、ちゃんと一人で歩いてみせるから。



    「ここは・・・・?」
    ロビンがまさかという顔をしてフランキーを振り返った。
    「そうさ、ここがこのキャンプの最終目的地だ。『約束の』とか『幻の』と言われるラフテル。当然スタッフでも知らねぇモンも一杯いる」

    フランキーもそこに来たのは初めてだったようだ興味の赴くままに視線を上下左右に飛ばしていた。それでも急に解説を始めた彼にルフィを除いた他の皆の視線が集まる。

    「ここは・・この島はロジャー個人の持ち物でな。病気に、つまり自分に勝てた者だけが来ることを許されるキャンプの聖地ってぇ決まり事だ。まず患者の一人一人に資格があるのかを試される。必ず治って返しに来る約束を交わさせる。
    そりゃぁもちろん全員が来られる訳じゃねぇ。治療の途中で来られなくなる奴も一杯いた。逆に治療を終えても来る必要がない者もいる。だがここに来ると誓って、ここに立って、次の時代を歩いてゆくと心に決めたもんのための次の世界へ旅立つ奴の決別の約束の場所、ここはそんな所だ。

    治療が終わってくる奴もいればまだ闘病中でもここに来る者もいる。その資格があるのかを沢山の医師が、スタッフが見て選んでこのキャンプに送り出す。だから毎年のキャンプごとに必ず行き先にあがるのに、ほとんど実行されない。『幻の』と言われる所以なんだ」


    目の前の箱はたどり着いた者の戦いの墓碑だ。
    命とともに病とすり切れるまで共に戦ったモノ達の、その証だ。


    ルフィがもう一つの箱の前に何もいわずにじっと立った。
    これはそっと。ルフィの手がその箱を優しく開ける。
    ここには同じ形の帽子がいくつか入ってた。
    葉か枯れて、崩れてしまった物もあるが皆同じ形だったことは判る。

    ルフィのと、同じ帽子だ。

    「ここの島は熱帯に近い。植生が違えばここでしか手に入らない植物がある。その葉を使って作られたのが 『誓いの帽子』 ってな訳よ。これがその約束の証になる」
    フランキーがルフィの頭にある帽子を指さした。端はすり切れてただの麦わら帽に見えていたその帽子がフランキーの持った灯りを映して光って見えた。
    「ま、俺でもこいつので本物は初めて見たけどな。此の島も誓いの帽子そのものも。実はかなり秘密の事だ。なんでかって聞いたところによると気遣い説と面白れぇからとやった説の二つがある。本当のところはロジャー以外誰も知らねぇんだ」

    「グランドラインってかなり古い企画よね?それにしたら・・」
    ロビンが尋ねる。置かれた帽子の数は決して多いとは言えなかった。しかしどれもがすり切れていても大切にされたことが判る。

    「んなこたーぁどうでもいい」
    ルフィが真剣な顔をして、自分の帽子を頭から外した。
    「他の奴らがどうしたとか、何番目とか、んなことどうでも良いんだ。俺は・・俺の約束をシャンクスと果たしに来ただけだ」
    静かな、今までの奴の奇行からは想像も付かないような静かな声だった。
    「去年の・・最後の点滴が終わったときに夢の中でここをはっきり見た。それで判った。この治療をやり抜くことが俺の宝に繋がるって。シャンクスが言ってた宝ってのは物じゃなくって俺自身になるって」

    ルフィは凛と胸を張った。
    「来たぞ。シャンクス。  そして俺はここから先に行く。いつかお前だって追い越してやる」

    じっと、ルフィは置かれた帽子達を見ていた。そのままゆっくりと数歩歩く。自分の帽子を手に取ると小さくたたんだ。同じ形に畳まれたそれをそっと箱の中に重ねて置いてしばし、ルフィは手を離さず動かなかった。

    「シャンクスが・・?」
    静かに黙っていたロビン先生の瞳から大きな粒が二筋三筋と流れ落ちていた。
    彼が、この結末を自分に見せたかったのだと今は判る。
    何度も彼は言っていた

    『入院する子は弱いって?病院が、弱い奴が集まる場所だなんて誰にも言わせたくねぇよ。常に敵を抱えてる、けど諦めない。そんなちっこい戦士の集まる場所なんだ』

    この目の前の小さな戦士は戦った。そして必ず未来へ羽ばたいてゆく。


    かつての自分の患者達も沢山心を込めてつきあったつもりだ。だが、彼らの病状が改善した場合、多くは黙って自分の目の前から消えゆく。彼らの訪れが絶えたことで本復を想像するしか許されない。もしかしたらドロップアウトしたままなのかという思いも捨てきれず、いつも置いてきぼりにされるのが医療側だ。
    自分がそれを諦めていたのをシャンクスに見透かされていたのかとロビンの目はもっと熱くなる。
    自分がその反応と手応えをどれくらい欲しがっていたことも。
    研究よりも臨床を。人の手と人の手をつなぐ医療をやりたかった。
    小さなビビと手を取り合うことの他に、ロビンが望んでいたものをシャンクスはロビンよりも判っていた。
    自分と共にいてもロビンの家族への渇望を満たせないと知った彼は私の元を黙って去った。だがシャンクスは別れに際してこんな素敵な機会を彼女に残していってくれたのだ。

    そんなロビンの涙にフランキーはどうやら少し慌てていた。小刻みにきょろきょろしたあげく覗き込んで泣いているロビンの口元の微笑みを見て頭をひねった。
    「アンタがあいつとどれだけの仲かしらねぇが・・知ってるか?シャンクスはロジャーに直接帽子を貰った、一番最期の奴だ」
    「そう」
    ロビンはそう一言だけ言って更に微笑んだ。






    もう一人。
    口をきかない男が居た。

    彼もこの島に約束を果たしに来た。
    祖母の言葉の約束を果たしにこの島に来たはずだった。
    だが島にいてもそれという答えが見つからない。
    慌てないのは落ち着きと言うより自己に対する逃避に過ぎなかった。
    だが判った。祖母の真剣な教えはこの、自分のポケットの中にある。

    -------くいな-----------
    姉の笑顔が急に心を占めた。

    くいなは心臓の病持ちだった。詳細は判らないが入院も繰り返していて、幼かったゾロは姉がもっと健康になりたいと何度も泣くのを見ていた。
    だがある日突然彼女は泣かなくなった。

    今なら判る、彼女はきっとこの帽子を手に入れたのだ。彼女も病と闘う戦士としてその心根を認められていたのだ。
    『ゾロ?また院内で迷子になるよ?』
    からかうように笑う彼女の病床に厚い参考書が並ぶようになった。

    医師志望を心に決めた姉は心臓の発作で病院に向かう途中の交通事故でなくなった。運転していた父母と同時に、三人の命はあっという間に失われた。
    車体は炎上して全て焼けてしまっていたと聞いている。その直前、家から出るときに彼女は苦しそうにしながらゾロに入院のセットの中にあるはずの忘れ物を取りに行かせた。それは小さな袋に入ってた。
    『ゾロ、ありがと。チョッパーの面倒頼むわよ』
    それが最後の言葉で・・祖母が抱いていたチョッパーはほんの乳児だった。



    ゾロは思わず自分のポケットから祖母に持たされていた小さな錦で織られたお守り袋を取り出し、開けてみた。
    「これか・・・」
    焼けこげた、だが葉のようだ。
    つまんで取り出したところで崩れ始める。思わず反対の手で受けるようにすくった。
    事故現場に残された、その破片だとは聞いていた。

    「姉貴・・。俺がここに来るので正解だったのか?」
    今、彼女の面影が鮮やかに心に映る。
    たおやかな容貌と裏腹の気の強さ。発作もなく元気なときは何度でもちいさなゾロを打ち据えるのに容赦など無かった。
    気が強いように見せて……実はいつも不安だらけなのに人には見せなかった。
    ゾロは感慨深げにその箱の中を凝視する。
    ナミがそっと脇に寄り添った。
    「あんたも持ってたの?」
    「いや、姉貴のだ。生憎自分で返す前に本人は死んじまったんでな」

    聞いたナミの顔が少しこわばった。
    「ごめん」
    「きにすんな」
    自分が思っているより優しい声が出ていた。
    「ほんとに、気にしなくていい」
    その姉の面影が微妙に歪んでゆく・・・・そしてその影は隣の少女の姿に重なった。
    昨夜自分の横で意識が無く、だが本来生気に溢れて話に驚き喚き、そして覚悟を見せる少女の姿・・姉も生きていたならこんな女だったかもしれない。


    「俺もここに来なきゃいけなかった」
    沢山のものに出会うために。
    「良かったなぁゾロ!俺のお陰だぞ!」
    ルフィはゾロの背中をばしばし叩いてニシシと笑う。
    「ああ。本当にそう思うぜ」



    「俺も。ちょっと違うけど」
    ウソップは自分の小鳥をそこに置いた。船に乗るからとお守りのつもりで持ってきたのはただの偶然だ。
    だが。自分の遠い道のりは静かに戦った跡なのだと教えてもらった。
    一緒にいてくれたのはここで初めて会えた友達だ。
    彼らに会えて本当に良かった。
    聞いてくれる彼らには言葉よりも心ががなめらかに伝わった。
    いつものように苦労して思いは溢れる前に零れないようにしなくて良かった。溢れたら溢れるままに。何を口にしてもこいつらは自分のことを等身大に見てくれる。それが判ったから。
    「俺、もっと、人と、は・・話したい」
    言葉をゆっくり選ぶ。思いはゆっくりと確実に伝わる。
    一朝一夕に言葉が治るとは思わない。だがおそらくは自分は、いつかこれを乗り越えられる。

    「それは、素敵ね」
    「そうね、素敵ね」

    ビビとロビンが二人揃って答えた
    互いに重なった声は共鳴していた。驚いて二人は少し顔を赤らめ、少しだけ視線を外しながら、それでも相手をゆっくりと見たいと思った。
    向かい合った2人はそれでもついうつむきがちになる。

    ええいっ
    ビビは面を上げた。

    「お姉さん」


    ロビンの顔が驚きと興奮の色で染め上げられる。
    この一言を言うのにどれだけの時間と自分の中の勇気とそしてとてつもない時間が要ったろう。
    「一緒に帰りましょう。あたし達の家へ」

    まだ力みすぎて少し震えたビビの声にロビンはやや遅れてにっこりと微笑み返した。
    二人が過ごしてきたこの遠回りはとっても大切な道だったと互いに思っている事が分かり合える。
    つないだ手はまだ指が絡むだけ。でもこれからこの手よりももっと大切な絆を紡いでゆけるだろう。




    「うっうっ・・おめぇらって・・おめぇらって・・なんて良い奴ばっかなんだ!うお~~ん!」

    いきなりフランキーがサングラスを外して泣き出した。溢れる涙はどうやらずっと彼らが帽子と向き合う間だけは遠慮していたらしい。下まつげも鼻水もぐちょぐちょの顔で泣き続ける。まぁまぁとサンジがフランキーの腰の辺りをぽんぽんとあやすように叩いて笑っていた。
    「おっさん泣き虫だな」
    「おめぇもな!良かったなーーうおー~~~~ん!!」
    その言葉にサンジは両頬を軽く染めた。
    「ちぇっ」
    叩いていた手が軽い拳に変わる。






    一人一人が部屋を出て行く中、最後までたった一人。黙祷と言えるくらいの時間と静けさ。最後までルフィが動かなかった。

    「もう、いけるか?」
    皆が出て行った中、ゾロが振り向いて声をかける。
    「ああ。いこう」
    光の中へ。










    青い空の下、小さな桟橋の向こうにサニー号だけが残っていた。オールジャクソン号は先に返された。報告を兼ねて先に修理の準備をしておくと言ってザンバイが笑って帰っていった。

    全員がサニーに乗り込み点呼して確認する。フランキーが船長として舵を取り始める。船は静かに岸を離れた。
    船を送る風は柔らかい。昨日の雨で流された空気はすっかり洗われていっそ清々しい。この天気ならもう自動航行で問題ない。無事帰ることが出来るだろう。

    「さあて、帰るぞ。けどな。その前に全員そこへなおれ!」
    フランキーが甲板でいきなり鬼の形相になった。その変化に驚いて皆何も言えずに揃って並んで、立った。

    「本来気候の関係もあったから今朝早くに出航予定でお前らを連れてくるはずだったってぇのにちゃんと人の話を聞いてねぇから!!・・・・・・と言うことで脱走の罰はお尻百叩きだ。全員で分割してやるから一人十回ずつで許してやる。お嬢ちゃん達は、ロビン先生!頼むぜ!」
    「ええ、任せて」
    二人が拳の関節をぽきぽきと鳴らし始める。今までにない本気が漂っている。特にフランキーは身体も大きい分手もとてつもなく大きい。
    ロビンもニコリと涼しい笑顔なのに嬉しそうだ。
    「さぁ全員ズボンをおろしてケツを出せ!!!!!!!」

    「えええええ~~~~~~~~!!!!!!!」


     

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